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五周年記念パーティを終え、日常へ戻ったと思った頃合いにカルケレニクスの暗黒期が明けた。しかしこれからしばらく雪深い季節が続く為、工事をしに行くには早かった。
時間に余裕があったエルフリートたちは、春に行われる騎士団の入団試験をつつがなく終了させ、新しい女性騎士を迎えて体力測定を行い、合同訓練も行った。
そうして時間を無駄にする事なくすごしたエルフリートは、以前と同じメンバーに加えて工事担当の技術者を引き連れ、カルケレニクス領へと向かったのだった。
「少し早かったかなぁ」
「少しの時間でも、稼いでおいた方が良いに決まっているわ」
まだ雪化粧の残る故郷を見たエルフリートが呟くと、マロリーが否定する。彼女の言いたい事は分かるが、この季節の雪山は気を抜いたら危険なのだ。
エルフリートはうららかな、と言うには強い日差しを気にしながら雪が残っている崖を見上げた。
あの時みたいに雪崩が起きたら大変だもんね。崖の上の状況をちゃんと確かめてからじゃないと、工事の許可は出せないか。
今回は確認するだけだから、本当に少数精鋭で行こう。そう決めたエルフリートはマロリーには残るように言って、メンバーを選んでいく。
エルフリートは迷わずオズモンドを指名した。飄々としていてなかなか分かりにくい男だが、エルフリートが考えている以上に優秀だ。
実は、王都に戻ってから彼について教えてもらったのだが――意外も意外、彼は新人の体力測定などの時に新人騎士のふりをして彼らの動きを調査したりする役をしたり、王国内の不正などを調べたりする第七騎士団の一人だったのだ。
なるほど、つかみ所がないわけだ。エルフリートは納得した。
どうしてこの計画に参加する事になったのか、人員の最終決定を行った騎士団副総長のケリーに確認したところ、女性騎士団の護衛代わりに起用したのだそうだ。
エルフリートたちが仲良くしているアントニオやブライスの隊の人間を大量に混ぜるのは、ひいきに見える可能性がある。
だからこそ、無関係でありながら実力のある人間――第七騎士団の人間なら確実だ――として白羽の矢を立てたらしい。
監査がメインな活動であるから、公平さや口の堅さなども含めて信用に足る。少なくとも、彼の存在はエルフリートにとってありがたいものだった。
カルケレニクス領での活動に支障のない人選をすると言われた時、エルフリートはあえて「どこの所属か知りたくない」と言った。騎士の人数は多く、全員を把握する事はできていない。だからこそ、所属で騎士の性質を判断したくなかったのだ。
オズモンドの場合はそれが仇となったわけだが。
「崖の上の積雪状況を確認しに向かうよ。この季節は雪崩が発生しやすいの。あと、雪の一部は一度溶けて氷になっている可能性があるから、前回のようなゆるさで考えていると全員の大けがに繋がる。
油断せず、集中してついてくるようにね」
エルフリートが選んだ精鋭五人に向けて話しかければ、彼らはしっかりと頷いてくれた。若干、ふざけた反応を示す者もいたが。
「気を抜かないでよね?」
「分かってるって」
エルフリートがじっと見つめれば、オズモンドは軽く片目を閉じて笑顔を返してきた。ううん、軽い。
たぶんこれ、わざとなんだろうな。
最初はこの軽さが頼りなく感じていたが、今はその軽さが心強い。彼がふざけている内は大丈夫。そんな指標のようなものに思えてしまう。
「オズモンド、頼りにしてるよ」
「おっ、ついに俺のすばらしさが伝わったか」
「うん。助かる」
にっこりと笑んで肯定すると、彼は一瞬虚を突かれたような顔をして、それから照れくさそうに小さく笑った。
「妖精騎士に頼りにしてもらえるとは、光栄の極み」
オズモンドはそんな風にふざけた口調で言っていたけど、ちょっと耳が赤かった。
そうして前回とは雲泥の差とはっきり言いきれるくらいにスムーズに崖の上へと登ったエルフリートたちは、ひんやりとした空気と雪で反射した太陽光に出迎えられた。
目が焼けそうなくらいに眩しい。エルフリートは手で目元を隠しながら周囲を見渡した。
表面が溶けて凍りつき、を繰り返しているのか、きらきらと輝いている。
雪特有のきめ細やかな凹凸が光を乱反射している一方で、溶けきってしまったのか、スケートリンクのようにつるりとした面を出している部分もある。
どれくらいの強度なのか、この層の下はどうなっているのか。そのあたりをしっかりと確認する必要がありそうだ。
「雪の状態を確認。それぞれ確認して私に報告すること!」
びしっと腕を上げての宣言を聞いた騎士が、それぞれ足下に気をつけながら散開した。エルフリートはその様子を確認すると、自らも状態確認に動く。状態によっては、ここを一度掃除してからの工事になる。
確認するのやめて、掃除しちゃっても良いんだけど……そういう雑な仕事はダメなんだってさ。まあ、当然なんだけど。
そうして、事故が起きる可能性を最小にする為の調査が始まったのだった。