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 ロスヴィータが乙女たちの集団を眺めている様子をからかいに近付いたバルティルデは、彼女の肩をぽん、と叩いた。

 エルフリートたちよりもさらに遠くを見つめていた割には大して驚いた様子もなく、ロスヴィータは顔を向けてくる。彼女が考えていたのは大した事ではないのだと思ったバルティルデは、そのままにやりと口元を歪ませて言葉をかけた。


「ロス、保護者みたいな顔をしてるよ」

「ん? ああ、ちょっとな」


 珍しく言葉を濁すロスヴィータに、おやと思う。あまり言いたい話題ではないらしい。いつも堂々としていて揺らぐような姿を見せようとしない彼女である。普段から“王子様らしさ”にこだわるロスヴィータは、おそらくその辺りに何かが彼女なりに思うところがあるのだろう。

 バルティルデはからかおうとしていた気持ちを捨て、ロスヴィータに向き合った。


「ま、ロスが何を考えていたかはさておき。お疲れさん」

「ああ、お疲れ様。バティは意外に人気だったからな。大丈夫だったか?」


 バルティルデがパーティーの最中、手の空いていた傭兵仲間の相手や元傭兵という経歴を珍しく思う貴族の相手をしていた事を思い出したのだろう。ロスヴィータが表情を楽しげにゆるませる。

 楽しい気分を繋ぐ為、バルティルデはおどけてみせる。


「まあね。でもさぁ、お貴族様はねぇ……こっちは別に物見小屋の動物でも珍獣でもないんだからさぁ」

「失礼な事はされていないよな? もし、何かあれば私から抗議しておくが」


 バルティルデの言葉の端から、馬鹿にするような視線を送ってきたり、そういった言葉を投げかけられたのかと思ったのだろうか。ロスヴィータが小さく眉をひそめてじっと見つめてくる。

 雑に扱われる事に慣れ、さらっと受け流す事を身に着けているバルティルデからすると、優しくて正義心のある上司に心強さを感じる一方で、「そこまでされなくとも自分で何とかできる」という自負が素直にそれを受け入れがたいと主張してくる。


 口に出してしまう事は簡単だったが、バルティルデはその言葉たちを飲み込んだ。一番の年長者であり、元々傭兵として活動していたバルティルデの事を、騎士団の長だからというだけで守ろうとしてくれているのだ。

 ありがたさをそのまま受け取りたくない、というのは単純に自分のくだらないプライドが邪魔するからだ。そんなくだらない事で、彼女の好意を無碍にするような青さはなかった。


「ロス。心配してくれてありがとう。でも、抗議してもらうほどの事はないよ」

「そうか?」

「どうして騎士になったのかだとか、傭兵の生活から抜けて楽になったか、とか聞かれたくらいで。所詮、好奇心ってやつだよ。あたしからすれば、ぜんっぜん大した事ないね。傭兵の時の方が、よほど酷かったさ」


 ロスヴィータが本当に大丈夫なのか、と疑いの視線を送ってくるあまり、話しすぎたかもしれない。バルティルデの話を聞いている内に彼女の表情がどんどん剣呑としてくる。

 昔の方が、と比較した事がいけなかったのか。それともバルティルデが大した事ではないと思っただけで、彼らの発言がロスヴィータからすれば酷いものだったのか。

 バルティルデは口を滑らせてこれ以上ロスヴィータの何かを悪くさせない為、とりあえずにっこりと微笑んでみた。


「傭兵とは、そんなに過酷なのか?」

「あ、そっち?」

「そっち……とは?」

「ああいや、こっちの話さ。傭兵はねぇ、この国じゃそんなに悪くはない扱いだけど、一歩国を出ると結構消耗品として扱われる時もあるし、自由に扱える奴隷みたいに考えている勘違い野郎も出てくる事もあるから。

 それだけ争いが多くて、手駒が欲しいんだろうけどねぇ」


 だからこそ、傭兵仲間は互いを大切にする。自分たちで自分たちを守るのだ。バルティルデは傭兵時代を懐かしみ、そして随分と自分だけ遠いところに来てしまった事を実感する。

 相変わらずの肉体美を誇りながらも美しいドレスで飾り立てたバルティルデの姿を見た彼らは、ぴゅうっと口笛を飛ばしてきた。

 一緒に戦場を駆け回る事はできないが、こうして同じ時を過ごす事はできる。口笛を耳にした瞬間、涙ぐみそうになった事を思い出し、バルティルデはそっと視線を落とした。


「懐かしい思い出さ」

「……嫌な事ばかりでなかったのなら、良い」

「ロスらしいや」

「私だからな」


 ロスヴィータはバルティルデに何か良いかけ、別の言葉を紡いだように見えた。バルティルデの思い上がりでなければ、きっと「今後は傭兵の扱い方を改善していく為にテコ入れする」などと言いそうになったに違いない。

 ロスヴィータは女性騎士団を大きくしていきたいという考えだけではなく、もっとこのグリュップ王国全体を良くしていく為に何ができるのか、を考えている気がする。

 バルティルデはそこまでしなくとも良いと思っているが、憧れという名の強いこだわりが彼女を掻き立てるのだろう。


「本当はロスに、仲間を紹介したかったんだ。でも邪魔されちゃってさぁー」

「ああ、確かに……」


 バルティルデを通してロスヴィータにアプローチをしようとしてきた貴族が意外と多く、そのせいでちゃんとは紹介できなかったのだ。


「今度、時間をつくってくれないか? 私も話を聞いてみたい」

「やったね! じゃ、日程の候補できたら伝えるよ」

「楽しみにしている」


 本来の目的とは変わってしまったが、意外な楽しみができた。家族同然の仲間を彼女に紹介できるようになったバルティルデは、ほくほくとした気持ちでロスヴィータに笑顔を向けた。

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