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エルフリートとブライスの茶番は少しだが周囲の気を引いていたが、まだ足りない。ロスヴィータはこの会話に自分が加わったとして、どれだけ周囲の気を引く事ができるのかと算段する。
おそらく、ほとんど役割を果たす事はできずに終わるだろう。今、このやり取りを注目させたいと思うのならば、必要なのはロスヴィータではなくアイマルが会話に加わる事だ。
ロスヴィータは、あえて気を回していないのだと主張していたアイマルに視線を送る。彼はロスヴィータの視線にすぐに気がついた。そして「おや」とでも言いたげに小さく眉を動かす。
彼の諜報能力が優秀ならば、これだけで気づいてくれたりしないだろうか。そう期待を込めて微笑んだ。
「フリーデ」
「なぁに?」
ブライスに向かってきゃんきゃんと吠え、噛みついていた人物とは思えない猫なで声でエルフリートが反応した。
「こうしてフリーデとロスが並ぶと、意外とロスが美人なのだと実感するなと思って。フリーデはちょっと、その格好をするには中身が伴っていないんだよな」
「待って! アイマルまでそんな事言うの!?」
ショックだという気持ちを全身で表現する彼を見て、ブライスが吹き出した。
「ぜんぜん取り繕えてねぇもんな。アイマルの言う通りだぜ。背伸びする努力は認めてやるが、もうちっとがんばりな」
「背伸びじゃないもん! これからはこういう格好も似合う、大人の女になるんだもん!」
エルフリートが拳を握って力説すると、ブライスはアイマルの肩に腕を乗せ、彼の耳にひそひそと話し始めた。
「アイマル、聞いたか? あの子供丸出しの発言」
「まだ子供なのだから仕方ないだろう?」
「いや、あれでもそろそろ十七とか十八とかになるはずだぞ」
「……嘘だろう?」
だいぶ、エルフリートを馬鹿にしている。エルフリートに注目を集める為、大人っぽい装いを今後も続ける為のものとはいえ、過激ではないだろうか。
そもそもアイマルは“エルフリーデ”の正体を知らない。そんな人に任せたのがいけなかったのではないか。ロスヴィータははらはらとしながらやりとりを見守った。
「――あの、普通にこっちまで聞こえてるんだけど」
「おっと失礼」
「ロスゥ! ブライスがいじめるー!」
エルフリートがロスヴィータの腕に抱きついて不満を漏らす。ふわりと彼の香水が届く。今日は柔らかで愛らしい香りではなく、嗅ぎ慣れたものである。
これは、私が使っているものと同じ香水か。すべてお揃いにしようとしていたらしい。彼のいじらしい姿に、ときめかずにはいられないな、とロスヴィータは思った。
エルフリートの乱れ髪を合いている手で整えてやりながら、きゅるんとした目を見つめる。
「良いんだ。あなたの魅力は私がよく知っている。そこの馬の骨に理解されなくとも、私だけでじゅうぶんだろう?」
大人びた姿をしていても、可愛らしさがいまだに滲むすてきな人。愛らしい姿にふさわしい笑みを送りながら、ロスヴィータは口説いた。
「ロス……さすが私の王子様……」
ロスヴィータに向ける視線がきらきらしさを増す。宝石のようなその輝きに見惚れていると、わざとらしい咳払いが邪魔をしてきた。ブライスかと思って彼を見やれば、俺は違うと首を横に振ってくる。
「――失礼」
「アイマル……」
「二人が自分たちの世界に入ってしまうと、俺はどこを見ていれば良いのか分からなくなるんだが」
麗しい女性二人をじっと見ていて良いのか、視線を逸らして待つのが良いのか、判断がつかなくて困る。そうつけ足した彼は――笑っている。困っていて、というよりは邪魔をして楽しんでいるらしい。
悪趣味な部分もあるのか、とアイマルの新しい一面を発見したロスヴィータであった。
そうして歓談したロスヴィータたちが別れると、エルフリートとともに女性陣に囲まれてしまった。さっきのやり取りを見ていたのだという女性から、あまりの盛況っぷりに挨拶を諦めようとしていた騎士、騎士学校の生徒たち。
思った以上に様々な顔ぶれと挨拶を交わす事ができた。
「お疲れさまぁー!」
エルフリートが集まってきた面々に挨拶を送る。ようやく参加者が帰っったところである。
「大盛況でよかったです!」
「うんうん。みんなががんばってくれたおかげだよー」
エルフリートとエイミーがきゃらきゃらと笑う姿を見守りながら、ロスヴィータは先ほどのやり取りを思い出していた。
最後まで残っていたのは、意外にもルッカの両親であった。彼らは女性騎士団の一員として活動しているルッカの事を誇りに思っているらしく、彼女がちゃんと馴染めているかなどを気にしていた。
ルッカが前向きに取り組んでいるせいか、失った腕の話題はあまり出なかった。一瞬、頭を下げるべきか迷ってしまったロスヴィータだったが、彼らが「魔法具の義手が完成するまで、女性騎士団の一員として活動できずに申し訳ない」と謝罪の言葉を口にしてきては、何も言えなかった。
ロスヴィータが「完成すれば他の騎士の光になるのだから、騎士団の活動の事はいったん忘れて集中してもらいたい。むしろ手伝える事がなくて情けないばかりだ」と言えば、彼らは微笑んでいた。
ちょうどルッカが席を外した瞬間だったから、ずっと話しかける機会をうかがっていたのかもしれない。彼女の両親の愛に、ロスヴィータはこっそりと感動していたのだった。