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そうして当日。エルフリートとロスヴィータはお揃いの意匠のドレスを身にまとっていた。
ロスヴィータに似合うドレスはエルフリートに似合わない。その認識を塗り替える事で、“美人なエルフリーデ”の演出をするのが目的である。
さすがに、まったくの同じ色、同じ意匠では芸がない。エルフリートはロスヴィータの目をイメージし、かつ、けばけばしくならないように、森林のような落ち着いた緑から、柔らかな若草のような淡い黄緑色のグラデーションに。
そしてロスヴィータの方は、エルフリートの瞳をイメージした淡い紫色から徐々に濃くなっていくグラデーションになっている。
互いの目の色を交換したかのような色合いは、とても目を引く。エルフリートの思惑通り、お披露目の瞬間、会場が沸いた。
今回は騎士らしさをとことん排除した。女性騎士とのふれあいが目的だからである。彼女たちの人柄や人脈に重きを置いている。五周年記念の催し物に組み手やら模擬戦闘やらを入れてはどうかという意見はあった。だが、女性騎士団は大道芸などの見せ物ではない。
騎士学校ではそういった催し物を行ったが、それは学生の成長を見せる為のものである。目的の違う話なのだ。
「こちらのカップは、どなたが?」
「あ、はーい!」
エルフリートが手を挙げる。姿勢を正し、すっと伸ばされた手が美しい。
「お兄さまに頼んで、用意していただいたの」
エルフリートが身振り手振りを交え、解説していく。
そうしている間にも、エイミーが別の質問い答えている。ロスヴィータはエルフリートのそばに立っているせいでそのやり取りが聞こえないが、表情を見る限りはうまくいっているようであった。
入れ替わり立ち替わり、騎士も顔を出してくれている。勤務の合間に立ち寄ってくれる騎士までいた。アントニオがその一人である。
どうやらドレスアップしたマロリーを見に来ただけらしい。さすが新婚は違う。
マロリーが珍しく塩対応でないのも、なんだかほほえましい。ロスヴィータがそんな風に周囲を観察していると、ブライスとアイマルの姿を見つけた。
あの二人ならば、まっさきにこちらに挨拶に来ても良いものなのに、と思えばパーティーの来客に囲まれている。ああ、アイマルという珍しい顔を連れているからか。と思い至る。
ガラナイツ国側だった騎士のアイマルは、ブライス監視のもとで騎士をしている。経歴が経歴なだけあって、アイマルがどんなに「今はグリュップ王国第一にしか活動する気はない」と言ったところで周囲は完全には納得してくれない。
悪巧みをしているのではないかと疑われない為、アイマルは自主的に自分の交流を制限しているのだ。だから、一般市民はこういう場でないとなかなか会話する事ができない。
そのせいで、あんな状態になっているのだ。
「ブライス、アイマル。よく来てくれた」
ロスヴィータがにこやかに声をかけると、二人に張りついていた人々がすうっと離れていく。お行儀の良い客で助かった。
ブライスとアイマルも仕事の合間にやってきた騎士の一人らしく、制服を身にまとっている。二人はロスヴィータのドレスアップ姿を見ると、よそゆきの笑みを脱いだ。
「フリーデのセンスだろ、その格好」
「よく分かったな」
「フリーデくらいしかいないぞ、ロスにそういう格好をさせたがる女性騎士の人間は」
ブライスが片手を上げて簡単な挨拶をしてくる。それに会釈で返し、ロスヴィータは彼らをエルフリートのいる方へ案内する。
「させたがる、と言うか……今回は新しい妖精さんの披露をしたくてな」
ロスヴィータがそう言いながらエルフリートを示せば、ブライスがぴゅうっと口笛を吹いた。
「良いじゃねぇか。大人っぽくて」
「そうだろう?」
眩しいものを見るかのように目を細めるブライスを見て、彼の叶わぬ恋を思い出す。あの出来事を引きずりすぎている自覚のあるロスヴィータだったが、彼女の中ではちょっとした一大事だったのだ。
ブライスは良い男だ。がさつな部分はあるが、目端は利くし実力もある。エルフリートが女性だったならば、きっと理想のカップルになれただろう。
そんなあり得ない想像をして、ロスヴィータは自分が意外と自分に自信がない事に気がついた。自信がまったくないわけではない。が、“女性として”と枕詞がついてしまうと一気に自信がなくなってしまう。
ブライスからそういう視線を向けられたいとか、そういう意味ではないが、もう少し女性らしさを感じさせるような褒め言葉がほしい気がした。
「ロス」
「……どうした、アイマル?」
「そうしていると、ちゃんと女性なんだな」
「何を今更」
ずっと沈黙していたアイマルが口を開いたと思えば。唐突に失礼な言葉を投げられ、半笑いになる。アイマルはまっすぐにロスヴィータを見つめ、ふっと頬をゆるめた。
それはロスヴィータをからかおうなどとは、つゆほども思っていない表情だった。
「いや、普段は本当にかっこいい人だから、こうして女性らしさをアピールしなければ、女性に見えないのだなと関心していた。そこまで自己研鑽をしてきた努力を、俺は心の底から尊敬する」
いったい何を言われているのか。ロスヴィータは、アイマルの発言をすぐには理解できず、固まってしまうのだった。