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エルフリートは順番に降りてくる騎士をじっと見守っていた。危なげなく下降する騎士にほっとしつつ、もう時期出番がやってくるオズモンドが顔を見せるのに気が付き表情が凍り付く。
わぁ、不用意に崖下覗き込んでるぅ。今にでも落ちてきてしまいそうな彼に、背中がぞわっとした。
いつでも助けられるようにしておこう。エルフリートは気合いを入れる。その間、別の騎士が崖を降りているから、そちらも気にしておかなければならない。ほんと怖いから……それ、やめてくれないかな!?
変な汗をかきつつ、エルフリートが二人の騎士を見守っていると、別の騎士が降り始めた。
あー……うん。オズモンド、お願いだからおとなしくしてて。オズモンドが気になるのか、降下し始めた騎士がちらちらを視線を彼に向けているのが分かる。リカルドくん。集中して、集中。
困った騎士たちだ。
エルフリートは不安と緊張でそわそわと落ち着かない気持ちになりながら、彼らを見守っていた。危なげなく降りてきた騎士に手だけで安全な場所に行くよう指示し、集中力を失っているリカルドと、相変わらず落ちそうではらはらするオズモンドに注意を払う。
あれ? そういえば、リカルドって転落未遂した騎士の片割れだったような……。エルフリートが嫌な事実に気が付くのと、リカルドが次の固定ポイントにロープをつなぎ替えようとして失敗するのは同時だった。
元々のロープが命綱になって、事なきを得ていた。ピンと張られたロープにつり下げられたリカルドに、オズモンドが野次を飛ばしているように見える。
ちょっと、話がややこしくなるからそういうのはいらないよっ!
癖の強すぎる部下に、エルフリートは頭が痛くなる。ため息を吐いていると、オズモンドが勝手に降下を始めた。あっ、オズモンド、そういうのは本当にいらないから! むしろ、やっちゃだめだから!
エルフリートは何が起きても対応できるように身構えた。
「え……っ? うそ、すごい……!」
オズモンドはリカルドが降下していた時の速度よりもはるかに素早く彼のもとへ到達した。そして、てきぱきとした身のこなしで彼の体勢を整えてやる。
「私、誤解してたみたい」
リカルドが正しい姿勢で壁に張り付くと、オズモンドは自分のロープが彼のものと絡まないようにゆっくり離れていく。オズモンドの動きは、完璧だった。
無事に降下を再開したリカルドが別のポイントにロープを通すと、オズモンドが動き出す。リカルドの動きを気にしながらオズモンドの様子を見るが、彼の降下は危なげなく進んでいく。
そうして見守ることあと少し。無事に二人が合流した。
「ひやひやしちゃったよぉ。お疲れさま。とりあえず下がってて」
「だから俺、大丈夫だって言ったじゃないっすか」
リカルドの事があったからか、残っているはずの騎士が降りてこない。エルフリートは崖の上を見つめながらオズモンドの自慢げな言葉に返事をした。
「うんうん、その件については後で聞くよ。まずは全員降りるの見守らなきゃいけないから」
「あ、失礼しましたっ」
真面目そうな声色を出したオズモンドはリカルドと共に測量士たちのいる方へ向かっていく。うぅん、お調子者だけど、やるときはやるって感じなのかな。
エルフリートは意外な働きを見せたオズモンドの事を考えながら、次の騎士が降りてくるのを待つのだった。
ひやりとする場面はあったものの、全員の降下が無事に終わった。エルフリートは活用されずに終わった結界を解除して、試料を建築技師に渡す。
「アイザック、お願いだから今後は事前に打診してくれる? 分かっていれば、訓練しておくからさ」
「まったまたぁ……と、言いたいところですが肝に銘じておきます。落下しそうになっている騎士様を見たら、背筋がぞっとしましたよ」
「頼んだからね?」
「お任せください。ちゃんと事前に頼みますから」
ぐっと力強く拳を握って見せる彼に、エルフリートは何となく嫌な予感を抱きながら頷き返すのだった。
エルフリートたち、崖の上での試料採取をしていた騎士が全員揃う頃には、道の測量などもだいたい済んだようだ。あとは、辺境伯の意見や稟議書、そして今回の正確な測量をふまえて話を詰めるだけだ。
きっとこの件に関しての話をレオンハルトが進めてくれているはずだ。そこに合流すれば話は早い。父上も早くどうにかしたいって言ってたし。
暗黒期はすぐそこまで来ている。再測量する可能性を考えると、すぐに打ち合わせに入りたいところだった。
「じゃあ、これから急いでカルケレニクス領主の館に移動するよー!」
「急ぐ?」
「もう暗くなっちゃうもん。そうしたら移動が大変だよぉ」
一段落したところで、と言いたいのだろう。その気持ちは分からなくもないが、夜の雪山は危険である。不慣れな人間を連れて、家の近くでそんな事はしたくない。
「疲れた人はぁ……強化魔法で運んじゃうよ。運ばれたい人はどうぞ」
エルフリートがにっこりと笑うと、ほとんどの人間が勢いよく首を横に振り、残りの人間は意味が分からず首を傾げるのだった。