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顔を赤くしてもじもじとし始めた彼に、ロスヴィータは己が言葉を紡ぎすぎたのだと気がついた。何かとするとすぐに興奮してしまい、気を失うエルフリートの姿を何度も見ていたロスヴィータは、思わず警戒した。
「大丈夫、か? 私はまた言い過ぎたか?」
「う、ううん……大丈夫……」
エルフリートは両手で頬を押さえ、口を尖らせる。
「でも、ロス……ずるい」
「そうか、すまない」
反射的に謝罪すれば、彼は小さく顔を横に振った。ゆっくりと下ろされた手がテーブルの上をつつ、となぞる。
「その、私の不安とかそういうの関係なくしちゃうの、ずるいなって。私の不安なんか全然どうでも良い事みたいに感じちゃう」
ロスヴィータはエルフリートの独白を、静かに頷いて促す。
「私、どんどん男っぽくなって、女装が似合わなくなっていっているのを感じてるんだよね。少しでも長く、自然な女装でいられるようにしなきゃって、肩を張ってた。
女性騎士団のエルフリーデでい続ける為には必要な事なんだけど、人の目ばっかり気にしすぎて無理してたかも」
エルフリートは自嘲の笑みを浮かべ、そっと目を伏せる。白銀のまつげがうっすらと影を作った。
ロスヴィータの目には、目の前にいる人間が男性だとはとても見えなかった。
「どんな姿でもロスが受け入れてくれるって事、大切に覚えておくね」
「フェーデは、フェーデだ。私はどんな事にも全力で取り組むあなたが好きだ。だから、今の姿を否定はしない。似合っているし、な」
ロスヴィータはそっと彼の頬に手を伸ばした。指先で頬についた髪を払い、頬の輪郭をなぞる。確かに、出会った当初に比べて丸みを帯びていた輪郭がすっと細くなり、面長になってきている。少女のようなふっくらとした頬はなだらかな曲線へと変わり、美しい線を描いている。
可愛らしさを強調するような化粧は、そろそろ無理やり感が出てくるのかもしれない――と、美に疎いロスヴィータは思う。どう頑張っても似合わない姿をし続けていたロスヴィータは、きっとエルフリートの危機感について、小指の先ほども理解できていないに違いない。
エルフリートのアドバイスがなければ女性の衣装など一生着こなせないと思っていたのだから。
「――あなたは、美しいな」
「ロ、ロス……?」
戸惑いの声を上げる彼の頬を撫でる。下手な女性よりもきめの細かい肌質は、彼の努力の証だ。並々ならぬ努力、日々の積み重ねが、この美を支えている。ひと通り彼の肌を堪能したロスヴィータは顎の下で手を組んだ。
「フェーデ、五周年記念パーティーのドレス姿、楽しみにしている。こうして準備を重ねているという事は、圧倒的な美を見せつけるつもりなのだろう?」
「……あ、分かった?」
エルフリートがぱあっと表情を変えた。そういう表情変化は可愛らしいと言うにふさわしいと思うのだが、きっと違うのだろう。
やはり、もったいないなと思ってしまう自分は未練がましいのだろうか。ロスヴィータは表情には出さずにそんな事を思う。
「あのね、バティに相談したの。男性的になってきたから、どうにか女性だという認識に疑いをもたれないように変えていきたいって」
「なるほど」
バルティルデとどんな会話があったのか、まったく想像できない。そもそもファッションなどに造詣が深いとは意外だった。
さすがにそんなことは言えず、ただ頷いた。
「バティね、私が上の空で過ごしてるのに気づいてくれたの。それで、話なら聞いてやるぞって」
「そうだったのか」
「うん。それで、相談っていうか……ただ私が勝手に話をしているだけ、みたいになっちゃったんだけど」
エルフリートは、バルティルデに相談――もとい、話を聞いてもらっていたらしい。ロスヴィータは得心した。
「それで……話してる内に、何となく方向性が掴めてきたの。一気にやるのは不自然だし、せっかくなら“これからはこんな風にやっていきます!”ってしたいなって。
それができるのは、今度の五周年記念パーティーくらいだって思ったの。だから、少しずつ変えていって、節目にばーんって変えたら、皆も受け入れてくれるかなって」
エルフリートが両手を広げて大袈裟なジェスチャーをした。夢あふれるその様子に、エルフリートの可愛らしさまで漏れ出している。
「私、まだ女性騎士団の“エルフリーデ”でいたいの。その為には、何だってする」
エルフリートの真剣な眼差しに、ロスヴィータは呑まれそうになる。
「私、がんばるから。ロスがどんな私でも好きだって言ってくれたから、不安なんて吹き飛んじゃった。
思いっきり、完璧な妖精さんを表現してみせるよ」
エルフリートが異性とは思えない笑みを浮かべた。
「もちろん、ロスのドレスアップについても考えてる事があるの! せっかくだから、今日お話しても良い?」
「……私か?」
唐突に自分の話題になってしまい、思わず狼狽えるとエルフリートがくすくすと笑い出す。前とは違った上品さの滲む笑い方に、ロスヴィータはどぎまぎした。
「あのね、一緒に並んで立って“あぁ、これが女性騎士団の双璧か”って思ってもらえるように、考えているの」
エルフリートが語り出したのは、思いの外みんなのド肝を抜くような考えだった。




