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カルケレニクス領の暗黒期が明ければ、工事が待っている。そうなれば、エルフリートは再びカルケレニクス領へ出張にいかなければならない。女性騎士団の五周年記念パーティーの企画は急ピッチで進められた。
結婚後に与えられる長期休暇中のマロリー以外の全員が協力しあい、何とか形になろうとしているところだった。
「実家の伝手が活きる日が来るなんて……ありがとうございます!」
そう言って頭を下げたのは、ドロテアだった。彼女は中流貴族の子女である。母親は商家と繋がりのある一族出身だ。今回は、その伝手を使ってパーティーに必要な用具などの調達を行ったのである。
もちろん他の女性騎士たちも、伝手があればそれを使い、なければ別のものを活かして企画をサポートしている。
この女性騎士団五周年記念パーティーは、女性騎士団員全員が主役なのだ。
「女性騎士団の騎士としての能力だけではない部分を知ってもらうことも大切なのだと助言を得ただけで、これは全くたいした事ではないんだ」
感激して目をきらきらと輝かせるドロテアに、ロスヴィータがにこやかな反応を返している。ロスヴィータは穏やかな言い回しで自分の考えではないのだと言っているが、これらを形にしたのは彼女である。
エルフリートは二人の会話を聞きながら、もっと自信を持てば良いのにと思う。
ロスヴィータの、その王子様然とした態度から放たれる謙虚さに、王族特有の人の良さを感じた。
「ドロテアやお母様の人柄や人望のおかげで、様々な備品の調達ができた。きっと参加者もそのすばらしさに喜んでくれる事だろう。当日は我々も、それに報いるべく宣伝しないとな」
「はい!」
大きく頷くドロテアの頭を優しく撫で、ロスヴィータは目を細めて笑う。ああ、かっこいい。さすが私の王子様。私もあんな風に撫でられたい。
うっとりとロスヴィータの事を眺めていると、不意に頭をはたかれた。
「ぁいたっ!?」
「さぼってるんじゃないよ、妖精さん」
エルフリートの頭をはたいたと思われる書類の束を持つバルティルデだった。彼女はふん、と鼻で息を吐き、その勢いのまま暴言を吐いた。
「ついてるんだかついてないんだか分かんない顔してぽーっとしてんじゃない。ったく、女性騎士らしくなった私の口調も元に戻っちまうってんだ」
確かにここ数年でバルティルデの口調は柔らかくなった。粗野な物言いも多かった彼女は、今ではだいぶ穏やかな物言いを自然と口に出す事ができるようになっていた。
貴族とのやりとりに必要な言葉遣いは一通り身についているとは言っていたが、普段はそれを表に出す事に抵抗感があったようだ。だから、女性騎士団としての活動が始まってからしばらく、身内しかいない訓練時などは結構言葉遣いが荒れていた。
久しぶりに聞いた気がする、とエルフリートはバルティルデの酷い言葉に苦笑する。
「バティ! さすがにちょっと、それはまずいんじゃないかなぁ……」
「フリーデの色ぼけた顔に比べたらましでしょ」
エルフリートは視線の高さが一緒になっている事に気づいた。いつの間にかバルティルデの高身長に追いついてしまったようだ。男性と並んでも遜色ない――とまでは言わないものの、身長があるおかげで見劣りしない。
そんな彼女と並んでしまった。いよいよ女装が厳しくなってくるなと、残り時間の短さを突如感じさせられる。
どうすれば一緒にいる時間を伸ばす事ができるだろうか。この活動を手伝えるだろうか。
「何ぼーっとしてるのさ。しっかりしな。今やんなきゃいけない事、他にいろいろあるでしょうが」
「うぅ……バティが怖い」
エルフリートはどうしようもできない感情をごまかすように、大げさな態度を取った。
「あぁ?」
「何でもない」
エルフリートが何を考えていたかなど、バルティルデには関係ない。容赦ない視線を送られた。その悪魔のような凶悪なそれに、思わず首を振る。
エルフリートに疑うような視線を送り、それから大きなため息を吐き、バルティルデは強引に肩を組んでくる。
「気を抜いてると、捕まるぞ。しっかり仮面被りなおしな」
「……ごめん」
いったいどんな表情でロスヴィータを見ていたのだろうか。エルフリートは自分の頬を両手で押さえた。
「何でそんな風になったかは分かんないけどさ。何か悩みがあるなら時間外にお姉さまが聞いてやるよ」
急に柔らかい声色になったバルティルデがエルフリートの頭をくしゃりと撫でる。エルフリートが目を動かせば、バルティルデが優しげな表情をしているのが見えた。
「人生経験なら、あたしの方が豊富だからねぇ……仕事の難しい話じゃなければ、話くらいは聞いてあげられるよ」
バルティルデは自分が最年長である事を気にしてか、あまり年上ぶったりしない人だ。それにもかかわらず、わざわざそんな言い回しをしてくれた事に、彼女の気遣いを感じる。
「ありがとう。早速今度、相談しても良い?」
「うんうん。いつにしようか」
エルフリートが素直にそう言うと、バルティルデは小さく笑って器の広さを見せるのだった。




