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ロスヴィータの両親であるファルクマン公爵夫妻へ相談した結果、女性騎士団主催の催し事を行うという方向にまとまった。各方面それぞれに礼をしていくのは丁寧で好感触だろうが、手間も時間もかかる。
同じだけの時間をかけるならば、もっと別の効果も見込めるものにした方が良い。そう言ってファルクマン公爵夫人が笑いながら、提案してくれた。
ちょうど、女性騎士団が創設されてから五年目という節目である。
日頃の感謝の意を込めた記念イベントを行い、支援者への謝礼だけではなく一般市民への宣伝も兼ねてしまうのはどうか、ということになったのだ。
「女性騎士団の人数を増やしたい、盛り上げていきたいと言っているわりには組織としては小さいままでしょう? 騎士の能力を考えれば、この現状は仕方がないと思うのだけれど」
「私もルイーズの意見に賛成だ。外部の手を借りてでも、一気に女性騎士団の人数を増やすべきだ」
二人の意見はもっともだった。女性騎士団の存在を知り、騎士を目指す女性の努力が形になり始めるだけの時間は過ぎた。それでも、一定ラインを越えられる女性が少ないということは、まだ女性騎士団への憧れが「かっこいい」だけで「なりたい」にはなっていないのだということに他ならない。
どうすれば「ああなりたい」になるのだろうか。エルフリートは公爵夫妻の発言を聞きながら頭を悩ませる。自分はどうだっただろうか。
「あなたたちは良くも悪くも女性騎士団のシンボルでしかないのよ」
ルイーズがエルフリートに視線を向ける。穏やかな目が優しげに笑んだ。
「分かりやすく言うならば、王様や王子様と一緒。すばらしい、かっこいい、とは思っても“なりたい”“目指したい”とはなかなか思わないでしょう? それと同じこと。
こんな人になりたい、なれるかもしれない。そう思われる存在が、今の女性騎士団には必要だわ」
「……手が届きそう、と思われないといけないということか?」
ロスヴィータが何とか言葉をひねり出した。が、それを聞いた二人は笑い出す。
「親しみやすさ、よ。一緒に遊びたいと思ってもらえるかどうか、かしらね。今の女性騎士団は“観賞用”って感じがするわ。戦争で活躍してからは遠い存在に見えるという人もいるようだし」
「騎士としての実力ばかりが目立って、その一人になりたいとは思いにくいのだろうな。特に男性と違って女性は元々騎士になるという考えがなかったわけだから、なおさら」
エルフリートは何となく分かってきた気がした。ロスヴィータやエルフリートの考え方はどちらかと言えば男性的なものである。国の為に働き、活躍すれば騎士になりたい女性が増えると思っていた。
そもそも、その思考に至る道が作られていなかった事を失念していたのだ。普通の女性にとっての騎士は“なるもの”ではないのだ。
「まずは、女性騎士になるという選択肢がある事を覚えてもらう活動をするべきね」
「……それはそれで、難しそうですね」
エルフリートには、何をすれば良いのかまったく思い浮かばない。己の視野の狭さを露見させるようで、何となく居心地が悪い。
「まずは、騎士を見本にしなさい。貴族出身ではない騎士を。彼らは町を警邏している時に、仕事に差し支えがない程度に子供たちと遊んでくれている。
意外だと思うだろう? だが、あれは大切な事なのだ」
警邏中に、町の人々と交流する事はままある。それは女性騎士団だって同じである。警邏は犯罪抑止、犯罪の阻止の為の巡回であるが、困っていそうな人がいれば助けたりもする。
だが、彼らと積極的に交流するという事は考えていなかった。挨拶はするし、軽く会話もするが、それも情報収集のような感覚で。彼らに親しんでもらおう、とかまでは考えがいきついていなかった。
「騎士は、それを伝統的に、感覚的にやっている。きっと彼らもそういった意図で一般市民と交流をしているつもりはないだろうな」
エルフリートはようやく、何が不足していないのか理解した。
「……私たち女性騎士団に足りないのは、身近な存在だという感覚、という事ですか」
「その通り」
ファルクマン公爵が大きく頷いた。
「特殊な職であればあるほど、専門的な技術や知識が必要なものであればあるほど、強い感激を与えるか身近なものであるという認識を植えつけるかしなければ、目指そうとは思えないものだ」
「実際、あなたたち女性騎士団が大活躍したカリガート領の領兵には女性が混ざり始めているわ。国の騎士になるにはハードルが高いし、何より今は地元の復興に集中したいというのが地元民の本音だから、当然の結果だと思うけれど」
そうだった。騎士の他に領兵や領主の私兵になるという選択肢があったんだっけ。エルフリートは女性騎士団という実績の連鎖反応を失念していた。
女性騎士がいるならば、女性が領兵や私兵になっても良いはずだ。女性騎士の活躍で命を救われた地域ならなおさら、郷土愛も相まってそう考える人間が出てもおかしくはない。
やっぱり視野が狭い。エルフリートが悔しさをひそやかに噛みしめていると、ロスヴィータが口を開いた。
「……交流会、考えてみるか」
「うん」
ロスヴィータの前向きな言葉に、エルフリートは頷いてみせるのだった。




