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妖精と王子様のへんてこメヌエット(へんてこワルツ5)  作者: 魚野れん
雪牢と妖精さんと暗黒期

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7

「……なるほど、そういう事があったのか」

 エルフリートがすべてを説明すると、ロスヴィータはその話を噛みしめるように頷いた。


「歴代のカルケレニクス領主の判断は正しい。他者が知れば、欺瞞の種や戦いの火種になってしまっただろう」


 ロスヴィータの言葉がエルフリートの胸に重くのしかかる。エルフリートは一瞬でも、その種になりか(妖精)ねない存在(さん)になりたいなどと思ってしまったのだ。

 ロスヴィータが目を伏せ、カップに口をつける姿は穏やかで、その穏やかな日常を破壊しかねなかったのだと思うと胸が締めつけられる。


「ロス……」

「どうした?」

「私、このまま妖精さんを目指し続けても良いのかな」


 エルフリートは自分自身の発言に驚いた。実在の妖精さんを目指さなければ良い。それだけのはずなのに、どうしてそんな事を言っちゃったんだろう。


「何だ。怖じ気づいたか? あなたが目指しているのはおとぎばなしの妖精さんであって、かの方ではない。このままで良いんだ」


 ロスヴィータはそっと手を伸ばし、エルフリートの手に重ねる。


「フェーデ、私は今のあなたが最高だと思っている。常に、目の前にいるあなたが、だ」


 森林のような目がエルフリートを覗き込む。ただそれだけなのに、故郷にいるような安心感が不思議と湧いてくる。


「私は、おとぎ話の王子像を目標にして生きていく事を迷ったり悩んだりしないと決めている。だから、フェーデも悩まなくて良い」

「ロス……」


 ロスヴィータから発せられる自信に、エルフリートは圧された。それは決してエルフリートを縮こませる為のものではなく、エルフリートに己の自信を分け与えようとするかのような温かさがある。

 与えられるそれに、エルフリートの中で後ろを向いていた自分の憧憬が振り向いた。


「あなたの活動は、必ずしもかの方に繋がるものではない。むしろ、表に出していった方が隠れ蓑となるだろう」

「隠れ蓑……」

「かの方に目を向けられないように、フェーデが目立てば良い」


 ロスヴィータという別の角度からの視点に、エルフリートはそういう考え方もあるのか、と感心する。


「気持ちは楽になったか?」

「えっ、あ、うん……なったかも」


 かもしれない、という曖昧な答えに苦笑し、ロスヴィータは話題をずらした。


「――ところで、妖精さんは実在したわけだが、王子様は実在したのか?」


 さり気ない疑問に、エルフリートは「あっ」と反応した。指摘されてみると、アーノルドが語った話には王子様が出てこなかった。


「おとぎ話を作る時に生み出された、架空の人物……というところか」

「そうかも」

「残念だ」


 ロスヴィータは何となく分かっていたのだろう。残念だ、という口振りは「やはり」と答え合わせをするかのような音色が込められていた。


「……でも、妖精さんがカルケレニクス領をああした強い動機が分からないんだよね。だから、もしかしたら王子様みたいな存在は実在していたのかも」

「どういう事だ?」


 好奇心を覗かせる声に、エルフリートが答える。思いつきではあるが、あながち間違いではない……かもしれない。


「あれだけの力を持っていたわけだから、自分だけ助かる事は難しくなかったと思うんだ。安全な所に逃げるとか、逆に攻め込んで支配しちゃうとかだってできたはず。

 なのに、地形を変えて対応した。そこには大きな理由があったとも考えられるよね。たとえば、その地が愛する人の故郷だった――とか」

「なるほど」


 妖精さんがこれほどまでの大きな事を成し遂げたのに、自分を守りたかったでは動機が薄すぎる。そんな動機で行動するような人間であれば、他にも色々と起きていて当然だ。

 だが、それがなかった。つまり、この行動には大きな理由があったと考えるのが普通だ。


「愛する人が血縁関係にある人なのか、恋人なのか、それとも領民全員なのか、この土地が生み出す何かなのか、そのあたりは分からないけど、この土地じゃなきゃいけない何かはあったはずなの」


 今となっては、それらの可能性をすべて検証する事は簡単ではないだろう。


「だから……その理由を王子様って呼ぶのかもしれないなー、なんてね」

「確かに、王子様という姿に例えられる何かはあったかもしれないな」


 妖精さんがみんなを助けて過ごしていました。とらわれの身になってしまった時に、妖精さんを大切に思う領民が立ち上がって助けました――でも良いのである。

 そういったおとぎ話だってあるのだから、王子様が助けた事にしなければならない理由は存在しない。あえて王子様にしたのにも、理由があるはずだ。絵本にするにあたって、王子様の方が絵面が良いという単純な理由かもしれないが。


「――なら、その正体が明らかになるまでは、王子様だったという事にしておこう」

「うん。それが良いと思う。私も、妖精さんが大切にしたかったのが王子様だったら良いなって思ってるし」


 いつか、王子様が何の比喩だったのか分かる日が来るかもしれない。それまでは夢を見ていても良いだろう。エルフリートたちが目標にしているのはおとぎ話に出てくる妖精さんと王子様なのだから。

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