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「お父様、それでは暗黒期の後にまた参ります」
「ああ。楽しみに待っている」
アーノルドに一礼したエルフリートはエントランスを通り抜ける。門前には、集合していた騎士と測量士たちで構成された調査団が待っていた。雪に囲まれて眩しい背景に並ぶ彼らは、いつも以上に輝いて見える。
「さあ、暗黒期が始まる前に帰るよ」
エルフリートの声掛けで歩き出す一団を見送る影がちらほらといる。一ヶ月以上も滞在していれば、騎士にも知り合いの一人や二人できているはずだ。きっとこの中の誰かと交流した住人たちであろう。
エルフリートはレオンハルトを隣に、マロリーを殿にして移動する。今日は晴れ、雪が反射して眩しい事以外、出立日としてふさわしい天気だった。
エルフリートは馴れた道を歩きながら、滞在中の事を思い返す。想像よりも濃密な時間だった。ひやりとしたり、命の危険を感じたり、カルケレニクスの秘密を知ってしまったり。
ただ、測量して、調査して、打ち合わせをするだけだったはずなのに、こんな事になるとは思ってもいなかった。
「あ、見えてきた」
レオンハルトの言葉に視線を移動させれば、王都に続く細い道が見えてきた。通る人間がいなかったせいで、今回も雪でふさがっている。
「なんか、この道が雪でふさがっているのを見ると、雪牢って感じがするねぇ」
「そうだね。だから、ずっと守られてきたんだろうね」
エルフリートの感想にレオンハルトが目を細めて笑う。雪に囲まれた世界を良く知る二人だからこそ、この世界の恐ろしさと美しさが理解できるのだ。
雪の恐ろしさはこれでもかと言うほど知っている。つい先日にも遭難しかけたばかりだから特に。
「我らが神よ、賢神よ、我らの旅路を祝福したまえ」
エルフリートの祈りにカルケレニクス領が応える。来た時と同じ規模の巨大な炎が生まれた。
「我らは要請が守りし地の民、賢神に導かれし民、我らの祈りは往路となる」
カルケレニクス領側から生み出された炎は王都側へと流れていき、無事に道を露出させた。少し時間を置いてその道を歩き出す。
観光客と同じく暗黒期から逃げるかのように、故郷に背を向けるのは何となく不思議な気分だった。
「おかえりなさい」
「ただいまー!」
笑顔で出迎えてくれたロスヴィータにエルフリートは満面の笑みで応える。が、どうにも彼女の笑みに迫力がある。相変わらず王子様然とした姿で格好良い――が、久しぶりに理想の王子様のようなロスヴィータの姿を見たから、というわけではないだろう。
エルフリートが小さく首を傾げると、ロスヴィータはため息を吐いた。
「フリーデ、私に何か報告する事があるだろう?」
報告する事、と言われてエルフリートは頭に浮かんだ事を並べる。
「え? 測量、調査用試料の採取、打ち合わせ、全部うまくいったよ!」
「遭難しかけた事は?」
どうやらアーノルドから連絡を受けていたようだ。後で説明すればいい、と思っていた事を思い出すと同時に、報連相は大切なのだというやり取りをした事を思い出した。
相変わらず、笑顔が何となく怖い。
「無事に帰還できたから問題なし」
「……ほう? 問題が、まったくなかった、と言うのか?」
問題は、あったかも。エルフリートはロスヴィータの変わらぬ表情にぎこちない笑みを返す。絶対に何か、怒ってる。どれに対する怒りなのかが分からないエルフリートは無意識に頬をひきつらせた。
「――無茶な事をしたな」
「あの時にできる最適解だったと思うんだけど」
エルフリートの返事を聞いた彼女の眼孔に鋭い光が籠もる。
「分かっている。よく、一人残らず誘導できた。すばらしい――が、どうしてそうなったのか、後でじっくり話を聞かせてもらう」
ロスヴィータの笑みが、圧が、強い。
「すべてが終わった後、結果だけを聞くのはもどかしかった」
次にもたらされた「心配したんだ」という言葉に、エルフリートは「ごめんね」と言うしかなかった。
解散後、ロスヴィータの自室へ招かれたエルフリートは落ち着かない気持ちで飲み物を口に運んだ。気分を落ち着かせる効果のあるハーブをつかったそれに、エルフリートはロスヴィータの優しさを感じて口元をゆるませる。
ロスヴィータは制服に袖を通したまま、エルフリートの事を真正面から見つめている。まるで面接官や尋問官のようだ。
「フリーデ。私にちゃんと説明してくれるか? 例の一件の事を」
遭難の件、と言わなかった。エルフリートはロスヴィータが本当に知りたかった話は遭難の件だけではなかったのだと理解する。
エルフリートも気持ちを切り替え、カップをソーサーに置いた。
「全部話すよ。遭難の件も含めて」
誰にも聞かれないように結界を施してから、エルフリートはカルケレニクス領での話を語るのだった。