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5

 大昔の暗黒期とは違う今の暗黒期。以前は()()()()のせいだった。カルケレニクス領を維持する魔力が不足した事による機能不全である。

 そして今は、環境の維持に必要な魔力を集める為に暗黒期がやってくる。

 とはいえ、カルケレニクス領の地形があの大岩によって維持されているかどうかは分からない。

 これだけの長い期間を固定されているのである。魔法具がなくても維持されるかもしれない。

 しかし、である。それを証明するすべはない。


「あー……妖精さん。本物を知ってしまうとすごすぎて、自分の能力不足が……うぅー」

「まあまあ。彼女と張り合うのは無謀だよ」


 出立を明日に控えたエルフリートはレオンハルトと晩酌をしていた。べったりとテーブルに顔を押しつけているエルフリートを見て、レオンハルトが笑う。

 彼はのほほんとした表情でワインに口をつけた。


「妖精さんは自分の身代わりとして、大岩という魔法具を生み出したんだろう? 自分が行った大規模魔法を維持する為の魔法を込めるなんて、簡単にはできないよ」

「そりゃそうだけど……」

「そもそも、彼女がやってのけた魔法と同等の規模の魔法使えないんだからさ」

「……ごもっとも」


 憧れの相手が現実に存在したのだと知ってしまったら、そこを目指したくもなる。実力が伴っていないのは重々承知している事ではあるが、理想の姿として夢を見たくなったのだ。


「もう少し、やれそうなところまで目標を下げた方が良いよ」

「分かってはいるんだけど……」

「そもそも、妖精さんレベルの人間になったところで、どうするつもり?」

「え?」


 レオンハルトの問いに、エルフリートはきょとんと目を見開いた。その様子から、目標達成後についてエルフリートが何も考えていなかった事を覚ったらしい。レオンハルトの表情が変わった。

 その呆れを含んだ表情は、相変わらず猫のリッターを彷彿とさせる。王都に戻ったら、触らせてもらおう。エルフリートはリッターのもふっとした毛並みを思い浮かべて決意する。


「やっぱりね。したい事でもあるなら別だけどさ、どうせ何もないんだろう?」

「う……うん……」


 現実逃避をしていたエルフリートは、レオンハルトの私的に思わず頷いてしまった。エルフリートは昔からそうだ。憧れた相手に近づく事ばかりで、その先について考えようとしていない。指摘されてから気づくのだ。

 エルフリートが妖精に近づく為に女装を始めた時だって、見た目を近づけた先については何も考えていなかった。


 たまたまロスヴィータの女性騎士団運営を手伝う事になったから良い感じにうまく世界が回っているだけだ。

 それがなかったら、いったいエルフリートはどうなっていたのか分からない。


「ないなら、あんな大きい力を扱う能力は持たない方が良いに決まってる」

「そうだよね……無駄な火種になりかねないし」


 カルケレニクス領の歴代領主が妖精さんを架空の人物として扱っていたのも、そういった事情があるからだろう。エルフリートはため息を吐いた。吐き出した息がテーブルに当たって返ってくる。

 憂鬱な湿度を感じ、再びそれを吹き飛ばす。


「憧れて、同じような事ができるようになりたい気持ちは分からなくもないけど、じゃあどうするのって話でもあるからね。

 そろそろ見た目って言うかさ、そういうだけ追いかけるのは止めた方が良いんじゃないかな」

「そうだね」

「フリーデの事を否定するつもりはないよ。でも、さすがに心配にもなる。あの話を聞いてしまうと」


 レオンハルトは基本的に、エルフリートがしようとしている事を肯定してくれる。もしかしたら、エルフリートが自滅しようとしていても肯定するかもしれない。そう、エルフリートが思うくらいに、彼はエルフリートの事を否定しないのだ。


「俺は、フリーデたちやカルケレニクス領を大切に思ってる。だからこそ、こうして忠告をしてる」

「うん。ありがとう」


 真剣な眼差しに、エルフリートは心の底から彼と親友になれて良かったと思う。エルフリートの事を受け入れ、こうして同じ方向を見て考えてくれる存在はなんと尊い事か。

 頭を上げたエルフリートはじいっとレオンハルトを見返した。


「レオン……かけがえのない友よ。愛している」


 ずっと昔から助けられていた。エルフリートの秘密を大切にしてくれていた。否定せず、寄り添ってくれていた。今だってそうだ。

 エルフリートはその気持ちを一言、伝えたかった。エルフリートの言葉に目を丸くしたレオンハルトは、小さく息を吐くと苦笑する。


「フリーデっぽく言ってくれないかなー。その格好でフェーデっぽく言われると、何か調子が狂う」

「えー?」


 本心を言っただけなのにひどい、とエルフリートが頬を膨らませれば、レオンハルトはやけに優しい顔で笑んだ。


「うん。嬉しいよ。俺も――家族みたいに思ってるし」

「ちょっと照れそう……」

「始めたのはそっちじゃないか」

「それは、そうだけど」


 ちょんっと鼻をつつかれ、顔を伏せる。気持ちを返されるってむず痒い。エルフリートはレオンハルトの笑い声を聞きながら照れくささが落ち着くまでじっと耐えるのだった。

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