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アイザックが納得してくれた事で安心したエルフリートは、編み物をしながら隠された物語について考えていた。
実在した“妖精さん”の事である。エルフリートが父親から話を聞いても分からない事がある。
その一つが、かの存在がどうしてこの地形にしようと考えたのか、という事である。グリュップ王国が成立する前――帝国も存在しない遥か大昔、どんな文化、情勢だったのか。妖精が地形を変えようとした背景が、いまいちぴんとこない。
アーノルドが語った戦乱の空気、というのは結局何だったのか。証明する要素がない。
エルフリートが不勉強だという意味ではない。歴史書として存在しない時代だから、当時を知る為の材料が少ないだけだ。
そして、もう一つ。それだけ強大な力を持っておきながら、カルケレニクスの領主しか知り得ぬ存在でい続ける事ができるのか。
隠し事というものは続かないし、隠したまま引き継いでいく事が難しいものである。それが、こうしてずっと続いている。この事実だけでもじゅうぶんに大きな謎である。
理由があるに違いない。
「おとぎ話が現実になっちゃうと……何か、変な感じ」
花のモチーフを編みながら、エルフリートは小さくため息を吐いた。現実だと分かると、細かな事が気になってしまう。地形を変えるほどの魔法を使ったせいで世界の理まで変わってしまったのだ。
今の暗黒期とは違う暗黒期。それも気になる原因の一つである。
「……地域限定で世界の理を変えるって、結界を大規模にしたみたい」
そういえば、御前試合の会場にあった大規模な結界や、エルフリートが雪崩から同僚を守る為に生み出した結界などの規模を領規模にまで拡大させたら、似たような事象を再現できたりしないだろうか。
「あーもう! だめだめ。現実だと分かると再現したり証明したりしてみたくなっちゃう。これじゃあアイザックの事、何も言えないよぉ」
がばりを頭を上げた途端、ぎゅっと編み目が詰まる。
「あぁっ!!」
かぎ針を引く力を間違えてしまっている。数目ほどいてやりなおしである。せっかくいい感じに編み目が整っていたのに……!
「あーん!」
エルフリートはいつになく情けない悲鳴を上げるのだった。
暗黒期が始まる前にカルケレニクス領から出る必要がある。工事の会議と編み物のクオリティ検討会を進めたエルフリートたちは、刻々と近付いてくるタイムリミットを感じながら、日々追加の調査を行っていた。
工事に必要な追加調査は簡単ではない。というのも、不足している情報を得る為の調査である為、徐々に難易度が上がっていくのである。
しかし、調査を担当するのは山に馴れた人間を多く含む騎士だ。難易度は高くとも、不可能ではない。
天候さえ安定していれば、比較的安全に調査をしていく事ができる。気は抜けないが、調査以外にやれる事が限られている騎士にとって、ある意味息抜きのようなものになっていた。
「治安も良いし、領民は騎士に頼るような生活してないし、騎士としての役目ってほとんどないもんねぇ」
「そうなんだよね。そもそも、カルケレニクスにいる領兵や駐在騎士だけで事足りるし」
エルフリートは意気揚々と調査をしている騎士たちを見つめ、小さく笑う。エルフリートの隣では、同じく彼らを見守るレオンハルトの姿があった。
視線の先には、アイザックの指示を受けて細かく地質の確認を行っている姿がある。アイザックはあの話し合いの後、大岩について好奇心をちらつかせる事はあれど、調査したいとは口に出さなくなった。
工事が終わり、無事に道幅が広がり、暫く経つまでは完全には安心できないが、危険は遠のいたと考えても良いだろう。
アイザックに採取した試料が渡されていく。彼はそれを嬉しそうに受け取っていた。
このまま必要な情報が得られ、最終調整まで進められたら良い。エルフリートはレオンハルトと雑談しながら、そんな事を思うのだった。
「フリーデ、今週末だ」
「はい」
アーノルドの言葉にエルフリートは素直に頷いた。暗黒期はもう、目の前に迫っていた。
カルケレニクス内で完結できる作業はほとんど終わり、あとは王都での調査結果を踏まえて微調整すれば良いというところまで進んでいる。
「これで工事は問題ないだろう。気になる点があれば、明日の会議で議題に上げて検討しよう。それで問題がなければ、明後日にはここを発つが良い」
エルフリートは懸念材料や打ち合わせ不足の話がないか、記憶を探る。
「あ、広げた後の道路の強度がちょっと心配だったりするんだけど、アイザックに明日説明してもらおうかな……。
お父様、アイザックに明日、説明を求めてくれますか?」
「良いよ。明日の質問項目に入れておこう」
「ありがとうございます」
もうすぐカルケレニクスでの活動が終わりになる。カルケレニクス領に到着してから一ヶ月が経とうとしていた。
ロスヴィータたちと再び合流できるまで、あと半月程度。二ヶ月って、長いようで短かったな。エルフリートは思ったよりも彼女の不在を寂しがる事なく、出張を終えようとしているのだった。