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果たしてエルフリートの作戦は――まずまずの出来、といったところだった。
「あの大岩が何なのか、調べてみたいとは思わないのかい?」
「思わないよ。だって、調べるって事は、信じていないって公言する事になるかもしれないもの。信じているから証明したいって気持ちを信じてもらえたとしても、変に手出しをして何かが起きたりしても恐いし」
アイザックはエルフリートたちの話を信じてくれたようだが、彼の調査したい気持ちを完全に削ぐ事はできなかった。
早くも次の手を考えるしかない。ここから先はぶっつけ本番の勝負である。エルフリートは気合いを入れ直した。
「未知すぎて、触れにくいという事か」
未知だからこそ、調べて安心したいとは思わないのか。そう続けた彼に、エルフリートは頭を振る。
「カルケレニクス領の地形変動に寄与した存在が生み出した何かだったとしたら、下手したらここがごっそりなくなるって可能性もあるわけじゃない? そんな重大な事、簡単に決められないよ。
国の領地を消滅させる覚悟、アイザックにはある?」
「……ないな」
あの大岩にそんな力があるとはエルフリートは思っていない。だが、それを成し遂げる為に利用できる可能性はあると考えている。
大岩がカルケレニクス領民の力を増幅させる魔法具であるならば、エルフリート級の人間が数人集まれば「もしも」が実現するかもしれない。
エルフリートは、それに対する恐怖を利用させてもらう事にしたのだ。
「カルケレニクス領の人間としては、信仰の対象を調査したくない。騎士としては、調査によって起きるかもしれないリスクが大きすぎて触れたくない。っていうのが、私の意見なの」
「あの魔法の強化具合を見た人間としては、確かにその考えが分からなくもないが……」
アイザックが小さく唸り、顎をさする。好奇心とリスクを天秤にかけているのだろう。研究者の好奇心――探求心なのかな――って、本当に強いからね。エルフリートは言葉を重ねて刺激するのではなく、静かに待つ方を選んだ。
彼の呟きはエルフリートの方にはほとんど聞こえない。本当に自分の考えをまとめる為だけにあるのだろう。催促してしまいたい気持ちを抑え、言葉を紡ぐ代わりに飲み物を口にする。
待ち続ける内に、ふと疑問が降ってきた。そう言えば、アイザックはなぜ自分の専門ではないはずの大岩に興味を示したんだろう?
彼の専門は地理である。大岩が地形に関係しているという話が浮上したのは、ついさっきなのだ。
アイザックが大岩に興味を持つ理由が分からない。大岩を守る事ばかり考えていて彼の思考にいきつかなかったが、どういう経緯で興味を抱く事になったのか今更ながら気になってくる。
「アイザック」
「何だい?」
「そういえば、どうして大岩に興味を?」
エルフリートは努めて軽い調子で問いかけた。ふいに質問されたアイザックがきょとんとしたのは一瞬、すぐに彼は口を開く。
「単純な事だ。巨大な鉱物だと思ったんだ。それも、国宝級の」
「どういう事?」
エルフリートは小さく首を傾け、瞬きした。
「地下資源には、様々なものがあるのは知っているね」
「うん」
「それには、宝石や燃料や水、生き物など数え切れない種類があるわけだが、それらのいくつかは魔法具の素材に使われる。だからあの大岩も、魔法具の素材として使われるものの一種なのではないかと思ったんだ」
なるほど。そういう事か。エルフリートは彼が言わんとしている事を理解した。もし、これがカルケレニクス領の資産として計上しなければならないものだったとしたら。
カルケレニクス領は、その資産について国に報告する義務がある。
「もし、大岩がこの地特有の新たな地下資源の一つであった場合、申告しないといけないって事だよね」
「まあ、そうだ」
それならば、打開策がある。
「大岩だけが、そうとは分からないよね」
「その通りだ」
「だったら、大岩を調査するんじゃなくて、カルケレニクス領の地下を調査した方が良いんじゃない? 最終的には調査するしかないわけだし……」
大岩を調査し、見込みがあると分かってから地下の調査をした方が良い。見込みのない状態で調査をし、無駄足を踏む事を防げるからである。
だが、エルフリートの記憶にある限り、少なくともここ何年かは地下資源の調査をしていない。カルケレニクス領は地下資源のない領地として申告している為、定期調査の対象外なのだから当然であるが。
「そう言えば、カルケレニクス領は調査をした記録が残っていないな。確かに、一度くらいは地下資源の調査をした方が良い」
「大岩の調査より、そっちの調査の方が有意義じゃない?」
「一理ある」
よし。光が見えてきた。エルフリートはあと一押しで大岩が守られるであろう事を確信した。
「今までは調査団の人の行き来が難しかったから調査せずにいたんだと思うの。だから、お父様に地下資源の調査について相談してみる。それで、大岩の調査は諦めてくれる?」
なんとでもないような顔で聞けば、アイザックはすんなりと頷いてくれた。エルフリートはほっとした気持ちを知られないよう、表情を変えずにカップの中身に口をつけるのだった。