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ミーティングが始まるまでの短い時間を午後のアイザック対策に使う事に決めたエルフリートは、朝食後にレオンハルトと部屋で話し合いをしていた。
――と言っても、主にレオンハルトが考えた偽りの物語を聞き続けているだけだが。
レオンハルトの話は面白い。よくぞそんな事が思いつくものだ、と関心さえする。彼の考えた物語は数種類。
一つ目はカルケレニクス領地の創世神話のようなものだ。神と妖精が存在する世界の話だった。妖精の願いを聞いて神が作ったのがこのカルケレニクス領で、彼らのいたずらやもめ事などが暗黒期や大岩を生み出したという展開である。
完全にエンターテイメントじみた話になってしまったが、ある意味では好都合とも言える。
――が、アイザックが領民に裏を取り始めたら破綻してしまう。
二つ目は、一つ目の話をもう少し現実的にしたものだ。言い伝え程度におとなしくなったと言えば良いだろうか。人々が祈ると妖精が神の代わりにカルケレニクス領を作り上げた。
だが、神をないがしろにしたという罰が下って暗黒期が生まれた為、人々は安寧を祈り、大岩を神として崇める事にした。
ありそうな話になった。大岩を神として崇める領民はいないから裏を取られたら信憑性が怪しいところであるものの、書物になって伝わっている話ではないからと言えば納得できる程度だった。
三つ目は……ある意味やりすぎではないかとも言える話だった。一つ目の話の創世神話じみた部分をそのままにアレンジしたものだ。
神々の楽園として作り出されたカルケレニクスの大地に人間と妖精が住み込んだという設定で、人間と妖精が交流し、神との交信に大岩を使ったという話だった。
――そして、人々は過去のいきさつを忘れ、今では信仰の対象として大岩だけが残った。だいぶ脚色がすごいが、裏を取られても問題はなさそうだ。
「うーん、一つ目のお話は却下」
「だよね」
エルフリートの言葉にレオンハルトが大きく頷いた。分かってるなら言わなきゃ良いのに。
「壮大すぎるかなーって、自分でも思ってたんだ」
「アイザックに“馬鹿にしてる?”って思われそう」
「いや、言われるんじゃない?」
「だから却下だって」
くすくすと笑いながらレオンハルトがカップに手を伸ばす。余裕綽々の姿がずるい。
「で、フリーデ。二つ目の煙に巻く感じの話にする? それともなんかいい感じに壮大な雰囲気のある話にする?」
さらっとまとめたが、彼の表現はあながち間違ってはいない。エルフリートたちの目的は、大岩が魔法具である事、妖精と呼ばれた人物が実在していた事を知られない事。また、大岩を研究対象にされない事。
レオンハルトの言い回しがエルフリートの頭にひっかかった。煙に巻く……良いかもしれない!
「いっそ、両方話してみるのはどうかな……」
「両方?」
「うん。両方」
首を傾げるレオンハルトにエルフリートは説明を始めた。
「本当の事は分からないっていう体で進めたら良いんじゃないかなって思ったの。こういう説があるんだよーみたいな」
諸説あるから、本当の話は分からない。それでも、この領民はそれを信じているという話に持っていく。
万が一アイザックが裏を取ろうとしてきても、似たような、似ていないような、曖昧な話ばかり聞かされる事になるわけで。
そうなれば、あとは「そういうものだ」と思って手を引いてもらうだけだ。
「領民だって、大岩についてはふんわりとした話しかできないはずだもん。私たちもいろんな話があって、どれが本当なのか分からないっていう前提でいたら、それが裏付けになると思わない?」
「それは確かに……」
「二つ目と三つ目を話して、こういうお話があるんだよ。だから、領民はみんな何となくあの大岩を“素敵なもの”“大切なもの”として考えているんだよっていう風にもっていけたら良いんじゃないかな」
説得力のある話というのは、ただ論理的に辻褄が合う事がすべてではない。論理的である方が好ましいに違いないが、説得力――説得される側の心理的な距離感とでも言えば良いだろうか――を増す要因の一つにはなりうる。
好意的に考える為の要素は重要である。エルフリートは、それを仲間にしようと考えたのだ。
「大岩への好奇心を終わりにさせれば良いわけだから、論理的な説得力は、そこまで必要じゃない気もするんだよね」
「確かに、今回の仕事に大岩の調査は含まれていないわけだから、アイザックの好奇心をおとなしくさせる事ができれば良いからね」
「そうそう」
エルフリートたちは難しく考えすぎていたのだ。アイザックを納得させなければならないと思うあまり、論理的でなければならないと思い込んでいた。
それが、レオンハルトの一言で雲が晴れたのだ。
「じゃあ、アイザックには、よく分からないけどとにかく大切にされているって伝える方向で。もちろんさっきの二つ目と三つ目のお話は採用しよう」
「分かった」
よし、これで何とかなりそう。エルフリートはアイザックが中途半端な笑みを浮かべて頷く姿を想像し、口元をゆるめるのだった。




