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エルフリートは、父親が語ったこの領地の秘密に深いため息を吐いた。吐き出された憂鬱がエルフリーデの天蓋でたゆたっているような気さえする。
エルフリートなど比でもないくらいに大きな力を持った乙女。彼女の奇跡とも言える強大な魔法が引き起こした歪み。その調整の為に生み出された魔法具が生み出す意外な副作用。
――そして、この土地を守る為に生まれたおとぎ話。
エルフリートは遥か過去に作られ、伝統的に維持されていた環境を変化させる事への重みを感じていた。不便だから、と変えようとしたのはエルフリートだけではない。
だが、この話を聞いてしまった後では、その行為の重大さが違う。
「……道は、広げたい。でも、そのせいで何かが起きるかもしれない――んだよね。工事は慎重に行うとして、その間もずっと見ていた方が良いかも」
暗黒期にしか王都にはいられそうにない。エルフリートはロスヴィータと共に過ごせる時間の少なさを、女性騎士団としての活動がほとんどできないという事実を、そしてそんな事を考えてしまって目の前の事に集中できない自分が心の底から嫌だった。
とは言っても、そういう自分から逃げる事はできない。エルフリートは寝返りを打ってうつ伏せになる。
「はぁ……そもそも、なんて説明しよう」
契約書の草案は作った。後は、それを見せながら話をするだけである。明日の午後にアイザックと話し合いの場を設けたから、それまでに考えておけば良いのだが。
アーノルドの語った話をそのまま伝える事はできない。それらしくかみ砕いて説明するのが理想なのだが、どうしたものか。
「伝説は伝説って事にして濁すのが一番良いかなぁ。父上が代わりにお話してくれたら楽なのに……って、だめだめ。そういう考えは」
エルフリートが語るのではなく、領主が語った方が説得力もある。しかし、説明するとアイザックに言ったのはエルフリートである。約束を反故にするのは、自分の能力不足を表に出すかのようで嫌だった。
「あー……」
再び吐き出した長いため息は、枕に吸い込まれていった。
鬱々とした気分で考えている内に眠ってしまったエルフリートは、朝日の差し込みで目が覚めた。
「結局、かちっと決まらないままになっちゃったぁー」
髪の毛をくしゃりと握り、天を仰いで唸る。しかしまだ、午前中という時間が残っている。エルフリートは身支度を整えながらまとまらない思考をこねくり回すのだった。
「おはよう、フリーデ」
「あ、レオン。おはようー」
レオンハルトの顔を見て思い出す。そうだった。ご飯食べたら打ち合わせがあるんだった!
打ち合わせは打ち合わせで集中しなければならない。このままでは午後の約束の時に、ちゃんと話ができなくなってしまう。豪華な朝食を前に、エルフリートは固い笑みを浮かべた。
「フリーデ、どうしたの?」
「あ、うん。午後の事で……どうしようかと思って」
エルフリートの曖昧な言い方に、ピンときたのだろう。レオンハルトが顔を寄せて小声を出す。
「話す事が決まってない、とか?」
「……ご名答」
「うーん、確かにそのまま伝えるのはちょっとね。いろいろ支障が出ると思う」
大きく頷く彼に、エルフリートはため息を吐く。大岩を回収する、あるいは研究する、という話にならないようにしなければならない。そういう話が出るだけならまだ良いが、ない腹を探られるような事になれば厄介である。
まあ、実際に大岩に何かがあった場合、この領地がどうなるのかまったく読めないから触れられたくないというのが一番の理由であるが。
「できれば“不思議だねー”くらいで終わりにさせたいんだよねぇ……」
「その気持ち、すごく分かるよ」
レオンハルトが頷きながらソーセージにフォークを刺す。厚い皮を破る、ぷちっという音がした。ふわりと食欲を誘う香りが漂う。エルフリートは魅力的なそれから目を逸らした。
視線の先には、アイザックの姿が入り込んでくる。どうやら彼は筋肉痛に苦しんでいるようだ。
「それなりに説得力がありつつ、ふわっとした感じって難しいね」
「――大岩と妖精さんを合体させたらどうかな」
「なるほど……?」
エルフリートが改めてレオンハルトに目を向ければ、彼はいたずらを思いついたかのような笑みを浮かべていた。
「妖精と大岩をごっちゃにしてしまえば、信仰っぽさが増すし。フリーデが魔法を使う時に祈る神様は二柱いるんだっけ? あれも混ぜてしまおう」
「正確には四柱だけど、基本的に二柱への祈りが多いかな」
エルフリートが話に乗ると、レオンハルトは次から次へと突拍子もない事を口にする。
「神話みたいにすれば良いよ。それが簡素化されてあのおとぎ話になった……みたいな方向はどうかな」
「後でそれ、きれいに整理して教えてくれる?」
「俺のアイディアで良いなら、もちろん」
これだけ思いつくのなら、詐欺師や密偵にでもなれるのではないだろうか。エルフリートは生き生きと話し始めたレオンハルトに、そんな感想を抱くのだった。




