15
エイミーは警邏中に遭遇した暴漢をねじ伏せ、小さなため息を吐いた。
「酔いに任せて暴れるなんて、最低よ」
「うっせぇ!」
「先輩さすがです」
ペアを組んでいたナタリアが息を弾ませながらエイミーを賞賛する。悪い気はしないが、暴れる男を大人しくさせる方が先だ。エイミーは手慣れた手つきで男を拘束した。
「さ。大人しく歩いて」
「はっ、俺は動く気はないぞ」
あっけなく地べたに叩きつけられた割にはずいぶんと反抗的な態度である。酔って気が大きくなっているだけではなく、きっと相手がエイミーたちだから、なのだろう。暴漢を捕まえるたびにこうした態度を取られる為、もう何とも感じなくなっていた。
最初の頃はすごく苛々させられたものだが。
「じゃ、運ぶしかないわね」
エイミーはナタリアへちらりと視線を向け、補助魔法をかけた。
「ちょ、おいっ!?」
男の手首を拘束する縄を持ったエイミーは、そのまま引きずり始めた。下半身がずりずりと地面でこすられている。ここから詰め所まで、結構な距離がある。このまま引きずられていたら、服がボロボロになってしまうだろう。
服がぼろきれになるだけで済めば良いが、石畳を引きずられてあざだらけになるのは時間の問題だ。男もそれに気が付いたのか暴れ始める。
「やめろっ!」
「素直に歩いてくれないんだから、こうなるしかないでしょ」
「くそっ!」
「はいはい。大人しくしてねー」
エイミーは男が騒ぐのをものともせずに、引きずっていく。エイミーの少し後ろを歩いて万が一が起きないようにしているナタリアが口を挟んだ。
「最初から大人しくしていれば、こんな恥ずかしい姿にならなくて良かったのにね」
「小娘の癖に生意気だぞ!」
まだ少女に見えるナタリアに馬鹿にされるのが耐えられないのだろう。唾を飛ばしながら男がわめく。
「そんな小娘に引きずられてるの、恥ずかしいね?」
「ナタリー、挑発する価値ないから放っておいて良いわよー」
お調子者の気があるナタリアをエイミーは軽く窘めた。とはいえ、エイミーの男に対する雑な態度には変わりなく、彼の頭に血が上るのは必至だった。
「この野郎!」
「野郎じゃなくてごめんなさいねー」
性別や年齢のせいで犯罪者から甘くみられる事は多い。それを理解しているからこそ、彼らのそういう態度に声を荒げずに対処する事が大切なのだとエイミーはロスヴィータやエルフリーデだけではなくバルティルデやマロリーらに何度も諭された。
強面で身長の高い男性騎士と比べれば、女性というだけでどうやっても見劣りする。エイミーたちが他の騎士に比べてか弱く見えるのは当然だ。その点だけは、どうしようもないのだ。
そして、そういう視線に対して反応すると、相手をよりつけ上がらせるだけなのである。
つまり、悪意のある態度には無反応、自分のペースを乱さない事が大切なのだった。
「くそ、離せっ!」
「悪い事したんだから、素直にお仕置されなさいよねー」
彼は酒に酔っただけの男である。暴れようが何をしようが、補助魔法を使って肉体を強化したエイミーには敵わない。
エイミーは、諦めの悪い酔っ払いに苦笑しつつ、詰め所まで引きずり続けた。
「さっすがでした!」
「そんな事ないわよ」
詰め所に拘留したところで勤務時間が終了となった二人は、寮へ帰る途中で食事を済ませてしまう事にした。つい先日、美味しい店があると紹介された家族向けの食堂である。
女性だけで立ち寄っても大丈夫な雰囲気のあるそこは、なるほど確かに家族向けのメニューが並んでいる。庶民的なメニューに価格、アイマルが勧めるだけある。
「そうだ。何度も注意して悪いんだけど、ああいう輩を挑発するのはやめた方が良いわ」
「……だって、馬鹿にするんですもの」
気持ちは分からなくもない。エイミーだって、苛々としてしまった過去がめある。だが、それは無意味だし、逆恨みなどの原因になりかねない危険な行為だ。
エイミーはそれらを己の体験も含めてナタリアに語る。
「逆恨み、私たちが彼らを忘れた頃にやってくるの。本当に危険なんだから!」
「はーい」
この話をするのがエイミーでなければ、ナタリアは素直に言う事を聞いてくれたのだろうか。そんな事を思ってしまう。周囲の人間が優秀すぎて、どうにもエイミーの言葉を聞いてもらえていない気がする。
単純にエイミーの能力不足なのだから、しっかりとしなければならないのはともかく、そのせいで新人が何か問題を起こしたり、問題に巻き込まれたりしては困る。
「ナタリー、ルッカの攻撃……怖かったでしょう?」
「えっ? はい、すごくびっくりしました」
「あぁいう不意打ちをされるかもしれないのよ」
「まさか!」
やっぱり、エイミーが言うと話半分にされてしまう。
「ナタリー。油断は禁物だからね。何でもないところで、突然“この前の恨み!”とか襲いかかられる事、本当にあるんだから」
「大丈夫ですって。エイミーは心配性ですね」
駄目だ。全然通じない。エイミーは誰にも分からないように、ひっそりとため息を吐いた。