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「私も観たかったわ。模擬戦闘」
恨めしそうな声を出しながら、ルッカが魔法具をいじっている。
「今回は急だったみたいだから、観れた人も少ないって話だよ」
ジュードがそんな彼女に向け、大した慰めにもならないような言葉を送ると、ルッカの眉間にしわが寄った。
普段、あまり表情が変わらない彼女にしては珍しい事である。それだけ悔しいのだろう。
「私だって、一応女性騎士団の人間なのに……!」
「まあ……病み上がり、だし?」
「好きで体が弱くなったわけじゃないのよ」
ルッカはどうしようもない、くだらない嫉妬にため息を吐く。ルッカだって、ここで文句を言っていても仕方がないのは分かっているのだ。ジュードはそんな彼女を穏やかな気持ちで見守っていた。
ルッカは失われた腕の代わりになる魔法具を開発中である。義手の外観に関しては既に整っているが、それに中身を納める事に難航していた。
腕や指を自然に可動させるのに、かなりの部品を必要とする上、それらに着用者の意志を反映させなければならないのである。
そう簡単に機構を組み立てられるものではない。からくりと魔法、両方が噛み合ってようやく完成する魔法具は、魔法を発動させたりするだけのそれに比べて難易度が格段に上がる。
今まで実用化にこぎ着けた人間がいない事からも容易に想像できるだろうが、ルッカが作ろうとしている義手は不可能なのではないかと仲間からも囁かれるような代物であった。
だが、ルッカは完成すると信じている。そして、自分の手で完成させる気でいる。
きっかけは自身の腕を取り戻したいという自分本位のものでああったが、今ではこの義手が完成した暁には義足も手がけ、最終的には四肢の欠損による騎士の引退を防ぎたいのだと語ってくれた。
その覚悟は本物だ。すぐそばで彼女を見守り続けるジュードがそう感じるのだから、間違いない。
決して、腕一本を代償にして自分を守ってくれたから、ではない。彼女のこの、真剣な姿を見つめ続けてきたからだ。
最初は、ルッカが作ろうとしている魔法具の難しさをまったく理解していなかった。ただ、罪滅ぼしにルッカの活動を支えたい。それだけだった。
だが今は違う。
彼女の失った左手の代わりとして開発を手伝うようになり、知識を詰め込むようになって分かった。ルッカは高い志をもって、義手づくりに取り組んでいるのだ――と。
ジュードとルッカは時々現れてはアドバイスしてくれる“自称親切なジーク”のおかげもあって、義手の機関部分の開発も進んでいる。今はその軽量化や小型化――簡素化、と言った方が正しいのだろうか――を試みているところだ。ここで煮詰まっているわけだが。
「私が天才だったら、簡単に思いついて、二人の模擬戦闘を観にいけたのに」
「……ルッカは十分天才だよ。サイズ感はともあれ、一応動くものを作れたんだから」
自分は天才ではなく、努力家なだけだとルッカは言う。どうあがいたってジュードには手が届かないところにいる彼女は、それだけで天才と呼ばれるに値するのではないかと思うのだが、どうにも本人には伝わらない。
「装着できなければ意味ないでしょう」
「それは……そうだけど」
確かに、実用化できなければ意味はないのかもしれない。だが、ここまでこれたのだって、じゅうぶんにすごいはずだ。
「女性騎士団として活動できないのが歯痒いんだろう?」
「……悪い?」
「いや。俺だって、ルッカには早く復帰してほしいよ。この前の立ち回りを見て、よりいっそうそう思った」
「ジュード……」
ルッカが機械をいじる手を取め、ジュードに視線を向ける。ルッカの表情は分かりにくい。ほとんどずっと一緒にいるが、それでも読みきれない。
ルッカはまっすぐにジュードを見つめてきた。どんな感情かは分からないが、これはジュードに何かを伝えたい時の行動だ――と思う。案の定、辛抱強く待てば、ルッカが口を開いた。
「ジュード、義手の試作品ができたら、私と模擬戦闘してくれる?」
「あ? 良いけど」
そんな事か。もっと別の、何かを言われるのかと思ったジュードは拍子抜けした。
「私の能力が最大限出し切れるものにしたいの」
「むしろ、もって生まれた制限から解放されるわけだし、今まで以上になった方が良いんじゃないか?」
「今まで以上って。そんな風にしたら元々の肉体が持たないわよ」
「あ、それもそっか」
少し大きいが、大丈夫だったりしないか……などとジュードもびっくりの発言をしたルッカが、彼の制止を待たずに肩を痛めた――というのはつい先日の話だったか。ジュードは当時の、失敗して悔しそうにするルッカを思い出した。
彼女の意外と向こう見ずな部分が、ジュードは人間らしくて好きだ。
「まったく」
そう言ってジュードを半眼するルッカだったが、そんな姿を見たジュードは思わず笑ってしまった。
「何よ?」
「いや。新しい腕を持ったルッカと戦えるのが楽しみだなと思って」
ジュードが誤魔化すように言うと、彼女は嬉しそうに微笑みを向けてくる。何となく後ろめたい気持ちになりながら、ジュードは笑い返すのだった。