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アイマルは驚いていた。彼女の計算高さとその実行力に、である。ロスヴィータとの魔法なしの模擬戦は、アイマルから攻め込まない限り膠着状態に陥るであろうと最初から考えていた。
膠着状態が破られるとしたら、アイマルがミスをする時か、ロスヴィータが集中力を失う時だろう、とも。だから、この結果に驚いたのだ。
似たような動作を続け、チャンスが訪れる事を待ち続ける精神力。それを実行する体力。
どれもすばらしい。
後半、ロスヴィータが大胆な攻め方に切り替えた時、何かを企んでいるとは思った。だが、具体的にはどれを考えていたのか、アイマルには読み切れなかった。
アイマルが考えたロスヴィータの動きの意図は大きく三つ。
一つ目。見た目通り、足下の攻撃を続ける事でミスを誘発させたい。二つ目。足下を狙うと見せかけて、変則的に上半身を狙いたい。三つ目。足下を狙っていることを意識させ、何らかの行動を起こさせたい。
ここからさらに何を狙うのか、枝葉のように可能性を伸ばしていくと何通りもの可能性が生まれてくる。
アイマルはその中から可能性の高いものを選び、対処していくのだが……。ロスヴィータが冷静すぎて、消去法をして可能性を減らそうにも、読みにくい。
完全に同じではないが、確実に足下を狙ってきている。
少しでも視線や動作へのためらいなどに特徴があれば、もう少し可能性が絞れただろう。だが、あまりにもロスヴィータの動きは自然だった。
そうして想定外に長引いてしまった模擬戦闘は、唐突に終わりへと向かっていく事になる。
バルティルデのかけ声を聞き、いい加減にこの模擬戦闘をやめなければならないと察したアイマルは、ロスヴィータの狙いに乗る事にしたのだ。
――が、しかし。ロスヴィータが武器破壊を助けるような動きをするとは思いもしなかった。アイマルが剣を踏んで固定する事を見越して剣を回転の軸代わりにしてしまうのは、想定外だった。
こんな他人任せで不確定要素の多い事を、よく実践する気になったものだ。アイマルの踏み込み具合、剣が折れるタイミング、何もかも運任せとも言えるだろう。
破壊された武器を手放さず、武器として使い続けた点もすばらしい。これが実戦だったとしたら、それができるかどうかで生き残れるかどうかが決まるところだ。
対人で命をかけた戦闘経験が浅い割に、なかなか肝が座っている。アイマルは純粋に彼女を賞賛したかった。だが、その時間はなかった。
「ロス、評価は後で良いか?」
「ああ。もちろんだ」
アイマルの問いに、ロスヴィータが武器を取り替えながら答える。彼女は新たに手にした長剣を振り、小さく笑む。
「模擬戦闘の二回目を始めよう」
今度はどんな手を使ってくるのか。アイマルは前回の模擬戦闘とは打って変わり、積極的に攻撃を仕掛けるのだった。
魔法騎士を想定した騎士の模擬戦闘は、基本的に魔法騎士側の人間が攻め手になる。それは、魔法の使えない騎士や魔法が得意ではない騎士が実際に魔法騎士と戦う事になった場合、防戦一方になる事が多いからである。
ロスヴィータは魔法が使えない騎士だ。となると、アイマルが率先的に攻め込まないと訓練として意味がないのだ。
「魔法騎士との距離は、詰めすぎるくらいがちょうど良い」
「わかって、いるっ」
相手との距離が近ければ広範囲に渡るような魔法が使えない。自分を巻き込む覚悟で魔法を使う者もいなくはないが、それは滅多にない。となれば、一撃で致命傷を負わせる事のできる危険な魔法を使いにくくするという意味でも、接近戦に持ち込む他ないのである。
しかし、である。これは魔法攻撃が避けにくくなるという事でもある。魔法騎士は強い。
なぜなら、的が小さくなれば範囲の広い魔法で対応し、的が小さくなれば補助魔法を付与した武器で応戦しつつ渾身の一撃で貫けば良いからだ。
結局、魔法の使えない騎士が圧倒的に不利なのである。
実は魔法を行使する隙を与えないのが一番だったりするのだが、実戦以外ではそれも簡単ではない。
実戦ならば、喉を狙えば良い。呪文を唱えずに魔法が使えるのは一握りしかいない為、これはかなり効果的であるものの模擬戦闘では禁じ手だった。
アイマルの懐に入り続けるというのは、存外に難しい。それはそうだ。魔法を使わなくとも強いのだから。が、ロスヴィータは、そこに勝機が隠れていると考えている。
実践にはまったく役に立たないが、今のアイマルはロスヴィータに指導すべく、攻撃の手を加減する必要がある。
指導役として立ち回る事が多いから分かる。相手の能力に合わせた攻撃を仕掛けるのは難しいという事が。
アイマルはきっと、ロスヴィータの今までの動きを参考に、模擬戦闘が可能なギリギリのラインを狙って攻撃を仕掛ける事を考えているはずだ。
そして実際、なんとか対応できそうな攻撃――ロスヴィータがかろうじて避ける事ができる速度の魔法、跳ね返せる程度に加減された力加減で振り下ろされる剣――がロスヴィータに与えられていた。