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動きを変えたロスヴィータを見てアイマルが目を見開いたのを、バルティルデは見逃さなかった。彼も人並みに動揺する事があるらしい。バルティルデはにやりとした。
ロスヴィータは一見、隙がありそうな大きな動きをしているが、その実、意外とそうではない。
レイピアを扱う時のように、突きでの攻撃をメインにして距離感が掴みにくいようにしていた。
武器や本人の体格によって、攻撃に適した距離というものがある。
剣の向け方ひとつでそれを掴みにくくさせる事ができる。というのは意外と知られていない。
人間は見えるもので長さを感じ取る。だから、剣のブレード部分が見えにくければ見えにくいほど、相手は距離を読みにくくなるのだ。
同じ武器を使っているからして、この効果がいかほどか、という話ではあるが、今までの動きからの切り替えという点で言えば、アイマルを驚かせるにはじゅうぶんだったのだろう。
アイマルはこれまで、ロスヴィータの動きを真似るようにして対応してきていた。これからどう出るのか楽しみである。
それにしても、ロスヴィータは何を思いついたのだろうか。バルティルデにも分からない。彼女の動きは雑だが隙がない。やけを起こしたわけではない。
アイマルも彼女の意図が掴めないらしく、後手に回り始めている。とはいえ、アイマルはまだ防戦一方で攻撃に転じてはいない。まだ余裕があるのだろう。
何度目かの攻防で、バルティルデはロスヴィータがやけに足元に攻撃を仕掛けている事に気付く。バランスを崩させるのが目的にしては、見え透いている。
この攻撃には必ず裏がある。バルティルデは注意深く二人の攻防を見守るのだった。
ロスヴィータはその時がくるのを待ち続けていた。ロスヴィータが待っていたのは、アイマルが「しびれを切らして武器破壊を試みる」もしくは「同じ動きをし続けて失敗する」の内どちらかを起こす事である。
アイマルが武器破壊をしないようにロスヴィータの攻撃を飛んで避ける事をヒントに思いついたのが、これであった。
膠着状態が続くのは分かりきっている。アイマルが攻勢に転じないからだ。となれば、アイマルが攻勢に転じようとする瞬間かミスをする瞬間を突くしかない。そこで、である。
ロスヴィータの方から一つだけ、ともとれる隙を提供する事にしたのだ。
一歩間違えれば罠だと気付かれてしまうだろう。だが、それもずっと膠着状態が続いていたからこそ、今ならば違和感なくやれる。
アイマルはこの変化に戸惑い、そしてすぐに納得するだろう。ロスヴィータはアイマルの足元を崩す事に焦点を当てたのだ、と。
足元を狙うのは、基本中の基本である。時折ハンマーアタックなどを混ぜ、単調な動きにならないように気を付ける。
基本だけではなく、変化をつけることで、ロスヴィータの本当の狙いを分かりにくくさせるのだ。
「ロス。ここにきて悪巧みか?」
「その通りだ」
剣がぶつかり合った瞬間、アイマルがぐぐ、と剣に体重をかけて押し込んでくる。ロスヴィータは一旦それを受け入れると見せかけ、すうっと逃げた。逃げるとそのまま追撃されて競り負ける事に繋がる為、本当はロスヴィータも踏み込んで逃げずにぶつかるのが定石である。
が、ロスヴィータはあえて己の身軽さを使って逃げ切った。そしてすぐに距離を取り直して足元を狙えば、アイマルはさっと飛んで逃げる。
なかなか食いつきもしないし、ミスも起きない。難しい相手に、ロスヴィータの方がしびれを切らしてしまいそうだった。
「そろそろ決着つけてくれない? 次の模擬戦闘が見たいんだけどー」
いつまでも決着のつかない模擬戦に痺れを切らしたのは、バルティルデだった。ロスヴィータはバルティルデの声を無視し、変わらぬ攻め方をする。
バルティルデの声かけで動きを変えたのは、アイマルの方だった。ロスヴィータからの攻撃に対する返し方が苛烈になったのだ。
相変わらず自主的には攻め込まないが、ロスヴィータの攻撃からの切り返しにはカウンター攻撃を仕掛けてくる。
この変化がロスヴィータにとって吉と出るか凶と出るか。それはロスヴィータの集中力次第、といったところであった。
ロスヴィータは淡々と足元を攻める。バルティルデの催促から数回目、チャンスがやってきた。遂にアイマルがロスヴィータが足元を狙う直前に飛んだ。彼が武器破壊を選んだのだ。
避けるタイミングをずらし、このまま剣を踏んで破壊するつもりだ。ロスヴィータは武器が破壊される事を覚悟し、右足に力を込めた。
アイマルの足が剣に乗った瞬間、ロスヴィータは剣を軸に回転して蹴りを繰り出した。剣が折れ、ロスヴィータの体が描く弧が歪む。
折れた剣を握ったまま回転するロスヴィータは、不安定な体勢のままアイマルへの蹴りが決まった。
ロスヴィータの蹴りはアイマルの胸部へと当たり、彼は目を見張ったまま吹き飛んでいく。大勢を崩しながらもロスヴィータは着地する。
吹き飛ばされたアイマルは転倒しつつも倒れ込む事を回避した。そんな彼に向かい、ロスヴィータは急いで折れた剣を突き付ける。
「勝負、あり……だな」
ロスヴィータは、息を弾ませつつも勝利宣言をするのだった。




