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ロスヴィータはアイマルと同じく長剣を構え、彼の動きを観察する。だが、こうしてさぐり合いを続けているわけにもいかない為、軽く仕掛けていく事にする。
ふっ、と息を吐き出して突きを繰り出す。アイマルはロスヴィータの単純かつ分かりやすい攻撃をするりと避けた。戦場で彼を見かけた時にもロスヴィータが感じた事だが、彼は踊るように避ける。
最低限の動きで自分の身の安全を確保する。簡単なようで、かなりの高難易度である。
この流れる動きをどうにか乱したい。ロスヴィータは淡々と攻撃を続ける。
じわりと汗がにじむ。剣を持ち直し、攻め方を変えた。腰を低くし、頭を下げる。身長差を強制的に作り出す。アイマルがどのくらいまで対応できるのか、様子を見る。
憎たらしい事に、彼は難なくそれについてきた。ブライスと同じかそれ以上に器用らしい。ロスヴィータはすぐにそれをやめ、別の攻め方へと切り替えた。
「器用だな」
「そっちこそ」
余裕そうに声をかけてきたアイマルは、下から上へとなぎ払うようにして剣を振る彼女から距離を取る。彼は大げさな動きをいっさいしない。
ロスヴィータもまねをしてみたいと思ったが、これをするには相手の動きをよく見て冷静に判断する必要がある。どれくらい踏み込んでくるのか、どんな動きで攻め込んでくるのか、剣がどこまで届くのか、それらを考慮して、自分の動きを決めるのだ。
アイマルはひたすらロスヴィータの動きを読み、あるいは何パターンかを想定して動き、対処している。
それは、彼の今までの経験から生まれた技術なのだろう。ガラナイツ国所属時に海外へ赴いて活動してきたアイマルは、傭兵稼業をしていたバルティルデと同様にロスヴィータよりも遙かに多くの場数を踏んでいる。
その結果が、これなのだ。この経験の差は簡単に追いつけるものではない。
だが、意表をつく何かはあるはずだ。ロスヴィータは諦めていなかった。
「様々な技術を持っている事は分かるが、これでは俺に手の内を明かしているも同然では?」
「私に隠し玉、は存在しない。通用しない剣技を使い続けていても無駄だと思わないか?」
「通用するかどうか判断するには早すぎる気がしたんだ」
ロスヴィータが突き出した剣に己の剣を絡めるようにして、彼女の武器を奪おうとする。気が付いたロスヴィータは慌てて腕を引いて距離を取った。あと少し遅ければ、今頃は長剣を手放していただろう。
「良い反応だ」
「そちらには負ける」
剣を握り、構え直すように見せかけて切り込もうするが、すぐに阻止される。そして今更ながらロスヴィータは気付いた。アイマルが回避と反撃以外の行為をしていない事に。
先日のルッカがそうであったように、彼もまた自身から仕掛けていないのだ。だから、隙がないのである。
しかし、である。それが分かったからといって何かが変わるわけではない。彼が防御から攻撃に転じたら、ロスヴィータは攻めあぐねてしまう。
結局、実力の差が埋まる事はないのだ。
さすが、ガラナイツ国の侵略戦争で一人生き残っただけある。体力温存ついでに、攻める隙を見せぬ動きをしてくる。
ロスヴィータは過去の彼の戦いっぷりを思い出していた。
エルフリートの策略で敵に囲まれたと誤認した状況下、ガラナイツ側の騎士だったアイマルは襲いかかってくる味方をすべて葬った。
混戦状態であるにも関わらず、ひたすら敵を屠る姿は同じ人間とは思えなかった。他の騎士や兵士は錯乱してしまっていたが、彼はずっと冷静だった。
その胆力は本当に素晴しい。精神魔法が解け、現実を知った時ですら取り乱す事はなかったのだから。
ロスヴィータが乱雑に剣を真横に振る。アイマルは中途半端な高さで振るわれた剣から逃げるべく飛んだ。武器破壊を試みるかと思ったが、それをするつもりはないのだろうか。
もしかしたら、そこに勝機があるかもしれない。ロスヴィータは戦略を組み立て始めるのだった。
スポーツ遊戯のような模擬戦は、バルティルデが考えている以上に長丁場になっていた。決め手となるような攻め方をしないロスヴィータに、攻撃をする気配のないアイマル。
アイマルが攻勢に転じれば一気に決着はついてしまいそうだから、仕方がないのかもしれないが。
このまま時間が押せば、二回目の模擬戦闘は流れる事になるだろう。
それにしても、この模擬戦はあまり面白くはないねぇ。バルティルデは捻りのない戦い方に野次を飛ばしたい気分だった。
ロスヴィータは真っ直ぐすぎる。一つの型で勝負しようとするから失敗するのである。バルティルデは、自分だったらこうするのに……と頭の中でシミュレーションを繰り返していた。
退屈すぎて欠伸が出そうだ。と思った時、二人の戦いに変化が現れる。
「お?」
思わず声が出た。ロスヴィータの動きが変わった。突き、突き、突きに見せかけて薙ぎ払う。踊っているかのような大きな動きに変わった。
アイマルに合わせてか、隙の大きくなる動きを控えていたはずの彼女にしては、かなり大胆な攻め方である。
「何か思いついたって事かねぇ?」
ようやく面白くなってきた。バルティルデの口元に笑みが浮かんだ。