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 エルフリートは早速、この崖を登ることのできそうなメンバーを見繕う。本当はマロリーをエルフリートの代わりに配置したいが、マロリーも崖登りができそうな貴重なメンバーの一人である。

 崖登りには、魔法の使える人間を揃える。何かあった場合の保険でもある。万が一の際には魔法で命を守ってもらうしかない。崖登りができる体力があり、かつ咄嗟に適切な魔法が使える騎士となると、限られてくるのは当然だった。


「まずは、私が一度登るね。なるべく安全なルートを考えてハーケンとかを打っていくから、それを使って登ってね」


 選りすぐりの面々が頷くのを待ち、エルフリートは崖に手をかけた。この崖は、ほとんど凹凸がない。魔法で人為的に削ったものだからである。魔法で削ったつるりとした面に自然の手が加わり、かろうじて登れるかもしれない、という状況を生み出していた。

 その為、もともとこの崖に割れ目はほとんどない。残念ながら、森のすぐ側の崖も似たような状態で、もしかしたら元々の地質もあるのかもしれなかった。

 割れ目が見当たらない場合は補助魔法でボルトを強化し、無理矢理崖に打ち込んでいく。命綱のロープを通して安全を確保しながら、エルフリートはどんどん登っていった。


「いっそ、ハーケンとかを足場にして飛んだ方が早かったりして……」


 自分自身に補助魔法をかけているとはいっても、使い続ければ手が痺れてくる。ほとんど休めるようなポイントもないのだから、なおさらである。エルフリートはあまり好ましい行為ではない事を承知で、ハーケンを足場にして手の痺れがとれるのを待った。

 崖の肌に体を引き寄せて安定させる。なるべく体の一カ所に負担がかからないように気を付けながら、エルフリートは冷静に登っていく。すると、指に湿り気を感じるようになってきた。


「上の雪が……」


 雪解け水が壁を濡らしている。結構な範囲の雪を蒸発させたはずだが、残っていた雪が日差しを浴びて溶け出しているようだ。なめらかな表面は滑りやすい。凍らせても良いが、この様子ではピッケルを刺す事はできない。

 刺したらぱきりと氷が割れるだけで、むしろ危険な状況になってしまう。


「蒸発させても、すぐこうなるだろうしなぁ」


 岩肌を撫でれば、指先がしっとりと濡れる。このまま登り続けるのは危険だ。だが、もう少しで崖を登りきれるという位置にいるから、ギブアップはしたくない。エルフリートはその場しのぎで頭上の水分を蒸発させた。




 これは、ちょっときつい。崖を登りきったエルフリートは状況を確認していた。待機している騎士に合図を送る前に、登りやすくしておくことができるか考えてやりたかったのだ。


「途中に休憩用の穴を開けちゃう……? でも、崩れちゃっても困るしなぁ」


 穴を開けるのは可能だが、落下物の心配もある。エルフリートは早々にその考えを捨てた。できることと言えば、エルフリートが崖の上から縄を下ろして引き上げるくらいだ。が、さすがにこの高さは無理がある。


「滑車になるものも用意がないし、無理か」


 自力で頑張ってもらうしか、手はない。やれることといえば、地肌が濡れないように維持してやることくらいか。きらきらとまぶしい光を反射する雪に向け、大きな炎を放つ。結構な範囲の雪を蒸発させ、夏の姿にさせたエルフリートは、崖の上層部に熱風を送って再び岩肌を乾燥させた。


「気を付けて登ってきてねぇー」


 両手を大きく振り、合図を送る。豆粒のように小さな彼らが動き出す。彼らの姿を見つめながら、エルフリートは改めて、この不思議な地形に思いを馳せた。


 森林から突如隆起したかのようなこの崖は、ちょうどカルケレニクス領を孤立する為に生まれたのではないかと言いたくなる位置に存在している。この崖があるからカルケレニクス領が生まれたのか、その逆なのか、カルケレニクス領の歴史書には残されておらず、分からず仕舞いである。

 言える事は、カルケレニクス領は崖の上であり、崖の下でもあるという事だ。カルケレニクス領の下には隣国が広がっている。そしてその上はこの場所である。


 どこからも攻め込みにくい土地。


 それがカルケレニクス領である。カルケレニクス領は僻地のような様相であるが、土地は広大だ。崖の手前には山もある。

 グリュップ王国内の辺境伯やその領地の人間は、カルケレニクス領の事を天然の要塞だと言って羨ましがる事も多い。だが、味方とも隔離されているこの領が本当に安全なのかと問われれば、エルフリートは否と答えるしかない。


 しかしそれももう終わりである。この工事がうまく行けば、人々がこの道を安全に使う事ができるようになるのだ。


「でもやっぱり、変な地形だよねぇ……不自然っていうか、カルケレニクスを隔離したがっているように見えてくる」


 大昔のカルケレニクス領には地形を変えてしまうほどの力を持つ、神として奉られるような存在でもいたのだろうか。かなりの魔力を持っているエルフリートだって、地形を変えるような大規模な魔法を使う事は無理だ。

「――まぁ、考えるだけ無駄か」

 順調に崖を登る部下や同僚の姿から視線を動かしたエルフリートは、ちらりと覗く辺境伯の屋敷の屋根を見つめるのだった。

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