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 果たしてロスヴィータの小さな悪巧みは成功した。意外とうまくいくものである。ロスヴィータは今日のやりとりを思い出し、小さく笑んだ。

 集合訓練の後、ロスヴィータは全員に問いかけた。丁寧に事情を説明し、相談するというていで結論を誘導したのだった。


「あとは、ブライスの手が空いている事を祈るだけか」

「俺が何だって?」

「ブライス。ああ、ちょうど良いところに」


 アイマルを連れて歩く姿も珍しくなくなってしまった。すっかりこの国に馴染んだアイマルに、ロスヴィータは小さく会釈する。


「一つ、頼みごとがあるのだが」

「へぇ? 珍しい事もあるもんだな。俺にできる事だったら引き受けてやる」


 現実的な返事がブライスらしい。ロスヴィータは大男を見上げて単刀直入に言った。


「うちの部下を、一時的に預かってもらいたい。そちらの訓練に混ぜてほしい」

「そいつは……いったいどういう風の吹き回しだ?」


 無関心を装ってはいるが、彼の視線は好奇心で満たされている。ロスヴィータはそのまま彼がこの話に食いついてくれる事を祈りつつ、あくまでも提案の一つだとでも言うかのように余裕のありそうな笑みを意識した。


「現在、女性騎士団は二つに分かれて活動を行っている。そのせいで、事務処理関連をすべて私が請け負っている状況だ。

 以前はエルフリートと二人で行っていたわけだが、それは権限があってのこと。バティにはそこまでの権限がなく、手伝い程度しかする事が許されていないのだから、仕方がない」


 ロスヴィータの話にブライスが小さく頷いた。女性騎士団の活動状況に関しては、いまだに彼もそこそこ気にしてくれているようだ。

 本気になった()が存在している組織だからだろう。未練の欠片を感じるようで、ロスヴィータは何とも言えない気持ちになる。


「そこでルッカを呼び戻してみたわけだが……まあ、いちいちルッカの負担が大きすぎるからな。代わりに、この騎士団の性質を理解して指導してくれそうなところに預けたいと考えている」

「なるほどな」


 ブライスは顎を撫でて、一瞬だけアイマルに視線を向けた。アイマルと何かを天秤にかけたか。アイマルはガラナイツ国から引き抜いた騎士である。

 彼の保護観察役としての活動もしているブライスの行動としては、当然の動きであった。


「一時的に、アイマルの部下にするってのはどうだ?」

「それは無茶がすぎるというものだ」

「そうかぁ? 意外に、女性騎士団としては“おいしい話”になると思うがな」


 斜め上の提案に、ロスヴィータは口をひくつかせた。アイマルは元々敵である。グリュップ王国との戦争で唯一生き残ったガラナイツ国の騎士である。

 いずれは上位騎士になれるだろうが、今はまだ観察中の身。アイマルが裏切ったり、何らかの工作をするとはロスヴィータも思っていない。だが、外部からの視線を考えれば彼を利用するには時期尚早だというのがロスヴィータの考えであった。


 ブライスだって、ロスヴィータと似たような考えを持っているはずだ。魔獣の討伐といったものから諜報まで幅広く活動する隊の人間である。人間の悪意や思想の流れなどを考慮せずに動くわけがない。


「…………ブライス、もしや……先日のルッカの件を知っての提案か?」


 ブライスが女性騎士団にとって、そしてアイマルにとって不利益となる可能性のある話を持ちかけるわけがない。となれば、考えられる事は一つだけだ。

 ルッカの発言を言質にし、アイマルを女性騎士団の指導役にさせ、女性騎士団の能力の底上げと同時にアイマルのグリュップ王国騎士団の騎士としての地位向上という一石二鳥を狙う大胆な策である。


「ちょうどいいだろう? ルッカが参考にした騎士が()()をしてくれるっていうんだ。彼女たちも喜ぶだろうよ」

「……確かにな」


 不安要素は、外部からの視線だけ。他にはメリットしかない。ロスヴィータはブライスのその、着実に利益を狙っていこうとする考えは嫌いではない。

 それに、ブライスは責任逃れをしようとしないから、安心して同じ方向を向いて歩いていく事のできる仲間でもある。

 組織が小さいからか、はたまたロスヴィータが王位継承権を持っているからか、周囲に恵まれているからか、幸いにも現在ロスヴィータの足を引っ張って何かをしようとする悪い人間はいない。

 挑戦するならば、今だった。


 ロスヴィータはアイマルに体を向け、頭を下げる。


「アイマル、私の部下の指導を頼みたい」

「女性騎士団が迷惑でないのならば、可能な限りの指導をしよう。もちろん、彼女たちの能力以上の無茶はさせない。

 身の丈に合った指導だ」


 アイマルの言葉選びは誤解を生みそうだったが、彼の言いたい事は分かる。彼女たち、女性騎士一人ひとりの能力に合わせた指導を心がける、という意味である。

 時々おかしくなるアイマルの言葉遣いに、異国の空気を感じる。


「助かる。それでは、そちらの都合を教えていただきたいのだが――」

「早速明日から貸してやる」

「は?」


 スケジュール調整などもせず、直ぐに貸し出しを決める男に、ロスヴィータは呆気に取られた。


「だって、早い方が良いだろう?」

「ま、まあ……その通りではあるが」

「なら、もらっとけ」

「……分かった」


 ロスヴィータがよほど不思議そうな顔をしていたのだろう。ブライスは「ま、アイマルの抜けた穴くらい、どうとでもなるもんだ。遠慮せずにありがたく使ってやってくれ」と付け足すのだった。

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