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「ロス、おもしろい事が起きているよ!」
「うん?」
執務室の扉を乱雑に開けるなり、バルティルデの陽気な声がロスヴィータの耳に届く。遠くまで聞こえそうな音量のそれに首を傾げれば、彼女は詳しい説明を始める。
「ルッカが自分対女性騎士で一体多数の訓練してるのさ。それも、夜会用のドレスで」
「ほう……?」
確かに、おもしろい事を始めたようだ。ドレス姿で、と言われて入団してすぐの手合わせを思い出す。エルフリート――当時はロスヴィータも彼が本物のエルフリーデだと思っていた――が、私服でマロリーと手合わせをしたのだ。
そういえば、最初の頃――本当に少しの間だけ――はエルフリートも丁寧な言葉遣いをしていたのだった。懐かしい記憶を呼び起こしたロスヴィータは、思わず小さく口元をゆるませる。
「こんなものはさておき、見に行こう」
「こんなもの、は言い過ぎだ。だが、そうだな。私も見てみたい」
隻腕のルッカがどう動くのか。昨日のロスヴィータのアドバイスで何かを思いついたのだろうが、それがどうしてこの手合わせに繋がるのだろうか。わくわくとする気持ちが押さえられず、ロスヴィータは立ち上がった。
ロスヴィータがバルティルデと共に足早に訓練所へ向かうと、同じように気になったのだろう騎士による人だかりができていた。その中には自称親切な魔法師、ジークの姿まである。
ジークはロスヴィータの姿に気付くなり、小さく手を振った。誘われるようにして彼のもとへ移動すれば、彼が今までの流れを簡単に教えてくれる。
「ロス、良いところに来たね。ルッカがエイミー率いる後輩相手にダンスを踊っているよ。久しぶりに彼女が体を動かすっていうから、見に来てしまったんだ」
そんな言葉から始まった解説は、なかなか面白い。
ルッカは自分自身に強化魔法をかけて後輩たちの攻撃をすべて片腕で受け流し、時に足払いで彼女たちを転倒させ、時に魔法で足止めをし、一体多数の接近戦をこなしているようだ。
魔法に詳しいジークだからこそ、どんな魔法を使っているのかという方に詳しい解説が入る。魔法が使えないロスヴィータには、すごい事は分かっても、それがどれほどなのか、ジークには申し訳ないがいまいちぴんと来なかった。
バルティルデの方はと言えば、最低限の魔法が使えるからか物知り顔で頷いている。
「補助魔法の使い方が面白いね。よくそんな細かく使い分けできるものだ」
「そうなんだよ! 本当にすごいんだ!」
「魔法を使う頻度が以前に比べて格段に上がっているのは分かる。それと関係あるのか?」
ルッカは魔法具を多用するタイプの騎士だ。それが、隻腕になった事で戦闘スタイルを変えざるを得なくなったのだろうと察していた。が、もしかしたらロスヴィータの考えは違っていたのかもしれない。
ルッカの今の戦い方は、派手さこそないが確実に自分を守りぬく事に特化している。
これを反撃に方向転換したら、さぞ戦いにくい相手になるだろう。一対一でロスヴィータが勝ちにいくのはかなり厳しそうだ。
「さすがはロス、気付いていたか……」
ふふふ、と笑うジークにロスヴィータは彼はこんな性格だっただろうかと内心首を傾げる。優しそうな、柔らかな雰囲気の男だったはずだが、今は研究熱心な変人だった。
そういえば、御前試合の時にパートナーを丸焦げにしてまで対戦相手に勝ちを取りにいこうとしていた。
思い返してみれば、彼は表向き穏やかそうに見えるだけのマロリーと同じ戦闘狂タイプだった。
普段頻繁に顔を合わせる事のない相手だからすっかり失念していた。彼はきっと、昔からこうだ。穏やかに見えるのは外側だけで、中身は魔法一筋のおたく気質なのだろう。
「ルッカは、アイマルの戦い方を参考にして自分の戦い方をブラッシュアップしたんだ」
そうか。アイマルの戦い方を参考にしたのか。
ロスヴィータはジークの言葉に得心する。ルッカの動きにあわせてドレスの裾が踊る。まるで相手を笑っているかのようだ。いや、誘っているのだろう。
エイミーやドロテはルッカの事をよく知っているからか、果敢に挑んでいくが、ナタリアなどの新人騎士は腰が引けている。ドレスを汚したらどうしよう、だとかルッカが怖い、だとかよけいな事ばかり考えているに違いない。
「そちらのみなさん。攻め込んでこないなら私の方から参りましょうか?」
ルッカがたおやかな笑みを後輩に向けた瞬間、ロスヴィータは彼女たちの内心の悲鳴が聞こえてきた気がした。正直者のナタリアの顔が歪んでいる。
可愛いらしいと思うと同時に、最初の犠牲者になるだろうとな、という予感がした。
ロスヴィータはナタリアに向けて唐突に距離を詰めるルッカを見つめる。
「ルッカ、炎を生み出して威嚇したね。ナタリアびびってる。ああ、かわいそうに腰が引けちゃった」
ジークが楽しそうに笑いながら解説する。ロスヴィータはそんな生き生きとした彼の解説を聞きながら、ルッカのダンスを見つめるのだった。




