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エルフリートとマロリーを含めた一部の女性騎士団がカルケレニクス領で活動している最中、ルッカは時々忙しそうにするロスヴィータとバルティルデの代わりに新人教育を担当していた。
既存の騎士は少なく、また指導が必要な人間ばかりで構成されている為、新人の受け入れ皿も小さい。そんな中、二手に分かれてしまった女性騎士団には、圧倒的に指導者が足りていなかった。
ルッカは一昨年の戦争で片腕を失った。
それ以来、魔法具の義手を開発するべく魔法師団に所属している事になっているのだった。とはいえ一時的なものである。女性騎士団からの要望があれば、ルッカは女性騎士団として活動する。
今回がそれであった。
「魔法発動の判断が遅い」
「そこは反撃ではなく防御」
「隻腕の私ですら勝てる。弱い。死ぬ気?」
ルッカの淡々とした言葉に慣れているメンバーは良いが、新人は完全に委縮してしまっている。それに気付いたルッカは、どうしたものかと思う。可能な限り笑顔を見せればようと試みれば、逆効果になってしまう。
引きつった後輩の顔を見て、さすがのルッカも頭を抱えたくなった。
ルッカは、ロスヴィータやエルフリーデのようにはなれない。その事を強く実感する。このまま指導者としてこの場にいても良いのだろうか。
訓練を繰り返れば繰り返すほど、彼女たちとの距離が開いていくような気がして、ルッカは焦っていた。
だが、悩んでいるだけでは話は進まない。ルッカは、上司の手を煩わせてしまう事を承知で相談することにするのだった。
「……コミュニケーションの取り方?」
「はい。私の力が足りず、彼女たちの信頼を得る事ができていないようです。委縮されてしまって、うまく指導する事ができません」
正直に現状を口にした。悔しい。ルッカは目にうっすらと水の膜を張りながらロスヴィータを見つめる。ロスヴィータはそんなルッカの事を、穏やかな目で見つめ返してくる。
「ルッカは完璧に見えるから、そりゃ新人は緊張するだろう。あと、その容姿なのに真面目なところとかね」
「容姿……これは、魔法具をカモフラージュする為に必要な工夫です。真面目さは騎士たるもの、必要でしょう」
ルッカの主張にロスヴィータは頷いた。
「そうだ。だが、それが他者から怖がられてしまう理由の一つになってしまっている。昔のマリンみたいにな」
マロリーの事を思い浮かべる。ルッカは特に何も思わなかったが、確かに同期のエイミーは最初の頃にマロリーの事を「ちょっと苦手かも」とは言っていた。
どうしてそんな風に思うのか理解できなかったが、ロスヴィータの言葉を聞いて合点がいった。
エルフリーデとマロリーの事を飴と鞭とも言っていた。なるほど、と思う。それを考えれば、今は鞭しかいない。道理で彼女たちの表情が硬くなっていくわけだ。
「ちょっと、飴にもなれるように工夫してみます」
「そうか。楽しみにしている」
「話を聞いてくださってありがとうございました」
まずはエルフリーデの真似をしよう。ルッカは一度実家へ戻る手配を整えた。
実家へ戻るなり、比較的可愛らしい意匠のドレスを用意させる。ふわりとした系統のドレスはエルフリートを彷彿とさせる。
「これなら、いけるか……?」
正直うまくやれる気がしないが、やってみるしかない。ルッカは覚悟を決めて明日に臨むのだった。
ルッカが訓練に姿を現すと、全員がぽかんと口を開いて出迎えた。それはそうだろう。ルッカはドレスアップしていた。ジュードに手伝ってもらって着飾った彼女は、ドレスの裾をふわりと踊らせながら部下たちの目の前に辿り着いた。
ルッカは貴族として夜会に参加する時のような優雅なカーテシーを行い、笑顔を向ける。
「今日は、この姿の私相手に頑張ってもらうわ」
「ええっ!?」
驚きの声をあげ、はっと口を塞ぐナタリアにルッカは微笑む。掴みは良い。ルッカは手応えを感じていた。
「あなたたちと踊ろうと思って」
「……踊る、ですか?」
「そう」
ルッカはくるりと回った。隻腕に慣れた彼女はよろけずにぴたりと静止する。ルッカは隻腕になってもまだ、騎士として復帰する事を諦めていなかった彼女の努力の賜だった。
無事な右手にレイピアを出現させて振る。ひゅん、と空気を切る音が小気味よい。ルッカは今日は遠慮せずに戦おうと考えていた。
「私がただ指導するじゃなくて、私と直接戦ってみた方が楽しいと思うの」
「…………」
顔を見合わせる彼女たちの中で、この前の戦争を共にした一人が手を挙げた。ドロテである。
「やります。ルールは何ですか?」
彼女は魔法の使えない女性騎士だ。だが、彼女はルッカに対して真っ直ぐに見つめ返してくる。物怖じない態度にほっとしながら、ルッカは口を開いた。
「私対全員。手加減は無用。私が隻腕だから、ドレス姿だからといって甘く見ないこと。私が降参と言うか、あなた達が私と戦う体力がなくなるまで、この訓練は続く。簡単でしょ?」
ルッカが笑むと、戦争を共に生き抜いた騎士以外の新人騎士は、それぞれ顔を見合わせるのだった。




