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それから、ロスヴィータが今まで受けてこなかった淑女教育が本来どのようなものだったのか、などを雑談を交えながらさりげなくお説教が続いた。
騎士になる事ばかりを考えるあまり、それらを疎かにしてきてしまった自覚のあるロスヴィータは耐えるしかない。
両親の心配を振り切り、ひたすら気しになるべく邁進してきてしまった事は後悔していないが、少なからずとも悪い事をしてしまったという気持ちがあった。
「今からでも遅くないから、少しは時間を作って勉強する? あなたがその気なら、喜んでつきあうわ」
母親からそんな事を言われれば、後ろめたく思っているロスヴィータの中で申し訳ない気持ちが積もっていくのは当たり前だった。
「最低限だけ身につけたら、もう大丈夫って言うのだもの。親の気持ちも少しは考えてほしいわ。これだけ立派に育ってくれたから、あまり口うるさく言うつもりはないけれど、結婚するとなれば、話は別」
他者の家に入るのである。うまくやっていけるかどうかを含め、家の沽券に関わってくる。ロスヴィータ自身、己の血筋に恥じぬ行動を取ろうとは思っているものの、本当に胸を張って「王位継承権のある人間だ」と言えるかどうかと聞かれれば、即答できないだろうと思う。
目の前にいる両親を見つめる。赤みがかってはいるものの、王族特有の強い輝きを持つ金糸にはっきりとした色合いの碧眼という、ロスヴィータと似た色彩のダルシーは己の妻と娘のやりとりとじっと見守っていた。
ルイーズの方は、娘が娘らしくなろうという歩み寄りを見せている事をずいぶんと喜ばしく思っているようだ。光のような金糸を揺らしながら目を細めて笑んでいる。
「どの社会でも、役割分担がある事は理解しているわね? あなたは、もう一つ役割が増えるの」
「分かっている」
「あなたがうまくできないと、カルケレニクス辺境伯家の傷となり、同時にファルクマン公爵家の傷にもなる。そのあたり、本当に分かっているかしら?」
耳の痛い話であった。ロスヴィータは今、女性騎士団長としてはうまくやれているが、いち貴族の婦人としては全くと言って良いほど駄目である。エルフリートの方が、よほどうまく立ち回れるに違いない。
ロスヴィータは、両方を捨てずに努力しているエルフリートと違い、片方を捨てて努力してしまったのだから。
「話がぐるぐるしてしまって、嫌だわ。年かしら」
ふふ、と笑う母親に、ロスヴィータは小さく首を横に振る。ルイーズの心配はもっともだし、常識から外れた生き方をしているロスヴィータが、普通の生活に歩みよる時間がやってきただけなのである。
並行して頑張ればよかったのに、と今更思うものの、並行していたら中途半端になってしまい、女性騎士団をとりまとめる事すらできなかっただろうとも思う。
エルフリートの隣で、パートナーとして胸を張って生きていく為には、さぼっていた分を取り戻す必要がある。
「母上、どうにか時間を作るから……淑女教育、つきあってもらえるか?」
「もちろんよ。では、まずは私たちの前では女性らしい言葉遣いにすることから始めましょうね」
「……善処します」
ロスヴィータは苦しげに言葉を吐きつつ頷いた。
「嫌だわ。ただ敬語にしただけじゃないの!」
「私には難易度が高いようです」
語彙の選び方がもう駄目。ルイーズはそう言って笑い出す。彼女の隣にいるダルシーも、口元を押さえて笑っている。
そこまで私は酷いのか。
「そ、そんなに……?」
「身も心も王子様、だな……くく」
「父上!」
「お父様、よ。ロス」
ロスヴィータは言葉遣いの時点で躓いてしまっているらしいと分かり、顔をしかめて悔しがる。
「くぅ……っ」
「その悪態、男っぽいわ」
「表情もな」
両親はそろそろ、腹を抱えて笑い出しそうだった。どうすれば女性らしくなれるのだ。ロスヴィータはかっと目を見開き、口をわななかせる。
人生の半分は、王子様らしくあろうと生きてきたロスヴィータには、どのような動きが女性らしいのか、どの言葉を選べばいいのか、分からなかった。
「……」
「ロス、私たちを笑い死にさせるつもりか?」
愉快すぎる、と笑う姿を隠すのもやめた父親の言葉に、顔が熱くなる。
「わ、私だって! 少しは女性らしくあろうと思ったんです!」
「エルフリーデ嬢の話し方をまねしろとは言わないが、あれを見習うのはどうだ?」
「そうね。あれはちょっとやりすぎだけれど、参考にはなるわよ」
エルフリートの言動を見習えと言ってくる両親に、ロスヴィータは彼がよく使う語尾を思い出した。そして、今の自分の心境と合わせて口にする。
「私、全然わかんなぁい……」
「ぶはっ」
「無理っ」
紳士淑女の仮面を脱ぎ捨て、二人はテーブルに突っ伏した。何もそこまで笑わなくとも。
ロスヴィータは両手の拳を握り、ぷるぷると震えた。無理だ。少なくとも、今、女らしく振る舞うことは無理だ。
「二人とも酷いではないかっ!」
元の言葉遣いでロスヴィータが叫べば、二人はよりいっそう苦しそうに笑うのだった。結局、淑女教育についての話はどさくさに紛れてなかった事になってしまっていた。
2025.11.3 一部加筆修正




