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ロスヴィータがバルティルデと書類提出に追われている時、訪問の知らせが届いた。突然の訪問者は両親である。
珍しい事もあるものだと思う一方で、先触れなしに現れた彼らに不安を抱く。
急いで向かった応接室の扉を開けば、優雅に紅茶を飲む両親の姿が目に入ってきた。待たせた事を謝罪すれば、二人とも頭を横に振った。
「ロス、こちらこそ突然すまないな」
「いえ。お二人ともどうしてこちらに?」
「お前も忙しい身だ。単刀直入に聞こう」
「はい……?」
雰囲気からして、悪い話題ではなさそうだ。では、何だ? ロスヴィータは父親の発言に内心で首を傾げつつ、席に着く。
そっと差し出された紅茶の香りを楽しみ、カップを傾けた。
「辺境伯側の方が中心に衣装の準備を行うのは承知しているが、ドレスはどうするんだ? ちゃんと、ドレスなのか? ジャケットではないだろうね?」
そんな話か。ロスヴィータは安心した。音を立てぬようにカップを戻し、二人に向き直る。
「……ジャケットを羽織ってドレスを飾るのも、悪くない」
服装の件は事前に打ち合わせしていた。細かな点はまだまだだが、ディテールくらいは決まっている。大々的に行う挙式は通常通りに行い、時間を作って密かに妖精と王子の姿で式を上げるのだ。
エルフリートがこの件について、ちゃんと辺境伯と話ができていると良いと思いながら、両親に向けて微笑んだ。
「大丈夫。普通の結婚式にするよ。まあ、父上のアドバイス通りにジャケットを羽織ったりはするかもしれないが」
ロスヴィータの言葉を受けたダルシーとルイーズは顔を見合わせた。
「……あなた、やぶ蛇だったのではないかしら」
「よけいな知恵を与えただけだったか」
「いえ。私らしい要素がないと思っていたから、むしろ助かったよ。ありがとう」
ロスヴィータが小さく頭を下げると、二人は再び顔を見合わせた。今度はほっとしたような、残念そうな顔である。
もしかしたら、結構な年月を男装で過ごしているロスヴィータに慣れてしまって、普通の花嫁姿に物足りなさを感じてしまっているのかもしれないなと思う。
「あ、父上」
「なんだ?」
自分たち以外の誰かを呼ぶかどうかは決めていないが、あらかじめ伝えておくべきであろう。
「あなた方が想像するような式を、こっそりと挙げたいとはフェーデと相談しているんだ」
「やっぱりやるんじゃないか!」
「ふふふ、あなたたちらしくて良いわ」
つっこみを入れるダルシーではあったが、どことなく柔らかい雰囲気を出している。物足りなさを感じていたのではなく、もしかしたらロスヴィータの要望が取り入れられずに一般常識を押しつけるだけの挙式になったら、と心配してくれていたのかもしれなかった。
「二人とも、ありがとう。私は幸せ者だ」
ロスヴィータは、己のわがままを受け入れてくれた両親へ、改めて感謝の言葉を紡ぐ。
「このままの私でいられるか心配してくれているのかもしれないが、安心してほしい。相手は、あのフェーデだ。むしろ、私が彼の気持ちを尊重してあげられるかを心配した方が良いかもしれないな」
エルフリートはロスヴィータとセットで見栄えよく並ぶ為に女装を身につけ、領主としての勉強をしながら女性騎士として過ごしている。一番無理をし続けているのはロスヴィータではなく彼の方だろう。
領主となるべく過ごす時間の大半を、別の活動に費やしている。ロスヴィータもそれなりに忙しい身ではあるが、彼には遠く及ばない。
「……なるほど」
「一理あるわね」
頷く二人がロスヴィータの言葉を正しい意味で受け取ってくれたかは分からないが、理解を示してくれたことにほっとする。
「ロス、あなたがそんな風に考えているのなら、女性としての社交をお勉強なさい。女性らしくあれ、とは言わないわ。辺境伯夫人としての今後の為にも、普通の女性との交流方法を考えるべきよ」
「……母上」
確かに、今のロスヴィータではエルフリートの妻としてうまく立ち振る舞える気がしない。ロスヴィータは、女性騎士団長という肩書きはそのままに辺境伯夫人となるわけである。
それなりに理解はしてもらえるだろうが、その厚意に甘えるだけというのは良くない。どのような形であれ、人の上に立つ事に変わりはない。そこに、妥協は許されない。
「辺境伯夫人としての立ち振る舞いについて、現在の辺境伯夫人とやりとりできないか、彼に確認してみるのが良いのではないかしら」
「ありがとう。さっそく手紙を送ってみようと思う」
辺境の地であるから、王都周辺とは伯爵夫人としての動き方が違う可能性がなきにしもあらず、である。その点も含めて確認しておくべきだろう。
エルフリートに、結婚はいつでも良い。と言った手前、ロスヴィータが結婚後の己の役割に何の対策もしていない姿を見せたくない。両親の突然の訪問は驚いたが、考えの回っていなかった部分を指摘されて助かった。
きっと、二人もそうして結婚という大きなイベントを、そして夫婦生活を積み重ねてきたのだろう。ロスヴィータは、扱いにくかったであろう己の事を辛抱強く見守り続けてきた彼らに、心の底から感謝するのだった。
2025.10.19 一部加筆修正




