神器 鳴鏑
僕は大体、人でも動物でも一対一の戦いしかしたことがない。そこでの戦いでは、負けたことは少ないが、大勢の勝負はどうなるだろうか。熊襲組は三十人くらいで構成されているらしいし、出雲組と同じく大広間に部下全員が集まっているのなら、僕は今から三十人を相手にすることになるだろう。
女装した大和が熊襲組に侵入してから大体一時間ほど経ったので、そろそろ覚悟を決めて突入をしなければならない。僕は熊襲組の入り口の前で、足がすくんで、突入する勇気が出なかった。
僕は二、三回、深く深呼吸をした。少しずつ足に絡みつく不安と緊張が取れていくような気がした。僕はゆっくりと熊襲組の入り口の取っ手に手をかけて、勢いよく戸を引き、建物の中に入り込んだ。
「頼もう!僕は出雲組の月読だ!」
怒り高ぶった男たちがこちらに全員の殺気が飛んでくる。やはり、人数は三十人程で、それぞれ色々な武器を持っている。緊張が消えないどころか、緊張が増しているような気がする。それでも、全員から向けられる殺気に、緊張している暇もないと思えて、立ち向かうことに迷いはなくなっていた。
とりあえず、いち早く動いた人間の頭を鳴鏑で撃った。鳴鏑からは眩い光と大きな音が飛び出して頭が撃たれた人間は、頭から後ろに吹っ飛んで、倒れこんだ。それを茫然と見つめている人間の中から武器に手をかけようとした人間を次々と撃っていった。その方法で一人一人と数を減らしていった。
半数に数を減らした頃、ようやく全員が武器を持ち始め、こちらに向かってきた。僕の持っている鳴鏑のような飛び道具を持っている人間がいないことを確認してから、近い順に撃っていった。それでも、撃ち逃した人間が刀で切りつけてきたので、鳴鏑の銃身で刀を受けた。
本当に殺す気で襲い掛かっているのだろうかと疑いたくなるほど、刀から力を感じなかった。鳴鏑の銃身を刃に滑らせて、鍔に当てた。すると、刃先が真上に上がり、刀の柄が手のひらからつるりと抜け落ちた。刀が抜け落ちたことで、刀を持っていた人間は反動で前のめりに倒れ込もうとしていた。
その倒れ込んできた顔に、膝蹴りを入れた。膝から肉の跳ね返るような弾力の後に、硬い骨にぶつかる衝撃が伝わってきた。だが、その衝撃は一瞬だけで、骨は砕けて、顔の内側にめり込んでいく感触と同時にじんわりと膝に生暖かい血の感触が伝わってきた。
膝蹴りを受けた人間は、体は前に倒れ込んでいるが、顔は後ろに吹き飛んでいて、その顔の反動につられて両手が前に振られた。僕はその手を握りしめ、左に勢いよく力を込めた。すると、相手の足は地面から浮いた。そのまま、その人間を振り回して、襲い掛かってくる人間にぶつけ、握った手を離した。
僕が手を離した人は五、六人を巻き込んで、近くの壁に叩きつけられた。一応ダメ押しで、巻き込まれた人間に鳴鏑を撃ち込んでおいた。
後は簡単だった。怖気づいた残りの人間に鳴鏑を撃っておくだけで良かった。最後はガクガクと足が震えて、腰を抜かしている人間の頭に鳴鏑を撃ち込んだ。
周りを見渡すと、今まで襲い掛かってきた熊襲組の人間がごろごろと転がっていた。意外と怖がる必要もなかったようで、終わってみれば、息もあまり上がっていないし、無傷で立ち回ることができた。
しかし、そう思ったのも束の間で、ごろごろと転がっていた倒れた人の山の中から一人の大男がゆっくりと立ち上がった。鳴鏑の一撃は普通の人なら二、三時間は気を失うくらいの衝撃なのだが、時たま、このようなタフな人間がいる。
僕はその男に向かって、鳴鏑を撃とうと引き金を引いてみるが、光と音が出ない。何度か引き金を引いてみるが、やはり撃つことができない。
燃料切れだ。
よく考えてみると、今日は朝も練習のために使った上に、大和に見せた分と今までに撃った分を合わせれば、一日の限界量を超えていてもおかしくない。僕は鳴鏑を腰の帯にしまった。
立ち上がった大男は手をボキボキと鳴らしながら、こちらに近づいてくる。どうやら、武器は使わないようだ。僕はその男に目を合わせながら、ゆっくりと相手の間合いに近づいていった。相手もその動きに気づいたのか、こちらに近づいてくる速度が遅くなる。
僕と相手の間はゆったりとした時間が流れているようで、相手の動きの一つ一つがスローモーションのように感じられた。僕は先制を獲れるように、不意を付けるようなタイミングを計った。相手が瞬きをして目をつむった瞬間に、地面を蹴り上げて、相手の懐へ一気に近づいた。
相手はその動きに気づいたように、視線を僕のいる下に向けてきたので、頭が下に向いた瞬間に、僕は両手で大きく手を叩いた。相手はその音にひるんだようで、反射的に目をつぶっていた。その隙に、足を地面につけ、相手の腕を片手で掴んだ。
僕は先ほどのように、片手で投げつけようとしたが、相手の腕から重量感を感じたので、両手で相手の腕を掴み、背中に相手を乗せるようにして、相手の腕を下に引き寄せた。この背負い投げは上手いように決まったようで、するりとあの大男の足が浮き上がる瞬間が自分の股の間から見ることができた。
そのまま、勢いに任せて男の腕に力を入れると、相手は背中から地面に叩きつけられた。相手は即座に受け身を取れなかったようで、思いきり頭を地面にぶつけていた。その反動で、まだ何が起きたか分かっていない状態だった。
その相手の顎に拳をかすめて、脳を揺らした。しばらく、相手は動かないだろうと踏んで、相手の大きな体に馬乗りになって、顔面をタコ殴りにした。右に左に拳を交互に打ち付けていった。僕は鳴鏑を耐えた人間と分かっていたので、念入りに殴りつけた。相手の顔からは、殴るたびに血しぶきが飛び、頬骨は砕けていた。
僕はもう十分だと思い、殴ることを止めた。しかし、それでも、相手は気を失っていなかったようで、血で染まったまぶたが開き、ぎょろりとこちらを見つめてきた。僕はその目にゾッとし、顔への連打を再開しようとした時、相手の両手と足で、抱きしめられた。
相手はあれだけ痛めつけたというのに、信じられない程の馬鹿力で僕の体を締め付けてきた。骨はきしみ、今にも折れそうで、内臓が口から出てきそうだった。段々とは胃が圧迫されて、息も上手くできなくなってきた。
僕は何とか脱出しようと、難を逃れた両手を使って相手の頭に拳を振り下ろした。しかし、体を絞められていることで、上手く力を込めることができなかった。相手の力はだんだんと強くなって、自分が振り下ろす拳に力が無くなってきた。
このままだと殺される。
そんなことを思いながら、僕はこの状況を打開する方法を探ってみるが、その考えを打ち砕くように、相手は体を反対に向け、自分が上に乗っている状態から、相手が上に覆いかぶさる状態に変わった。相手の巨体が僕の小さな体にのしかかってきた。
相手は僕の体を手で絞めつけることを止め、足で固定すると、僕の体を無理やり反転させ、うつ伏せにすると、首に手を回し、力を込めてきた。首を絞めて、殺すつもりだろう。僕は打開策を思いつかないまま、意識がぐらぐらとしてきた。
僕は相手の腕に引っかき傷を付けながら、死が脳裏にちらついていた。意識がぐらぐらとして、飛びそうになっていた時だった。自分の首を絞める相手の腕の力が急になくなった。僕は反射的に大きく息を吸い込んだ。
すると、ぼやけていた視界が急に赤色に染まった。ぼやけていた視界が段々と戻ってくると、さっきまで自分の首を絞めていた手はだらんとしていて、相手の体の体重が背中にのしかかっていた。僕は何とかその相手の体を背中で押し返すと、相手は僕の背中から右にゆっくりと滑り落ちた。
僕は右の方に目を向けると、力ない相手の体があった。ただ、その相手の体には、首から上がなく、血が溢れ出していた。
「言っただろう、やばくなったら助けてやると。」
僕は声のする方に目を向けると、刀に付いた血を布で拭き取っている大和が鬼の面を付けた女を背中に括りつけている姿で立っていた。
「そちはいい腕をしておるのう。やはり、わらわの部下にしてやってもよいぞ。」
鬼の面を付けた女は、元気よくそのように言った。
「しかし、何だこのごろごろと転がった人の山は。一人も殺していないのか?
まあ、いい。とりあえずここを出るぞ。俺も少し息が上がっているから、そう長く動けそうにない。」
そう言って、大和は僕の腹に手を回し、ヒョイと持ち上げた。僕は流れるままに身を任せていたが、いつの間にか、首を切られた相手の死体が跡形もなく消えていることに気が付いた。
僕はそのことを聞こうとしたが、大和は僕を腕と横の腹の間に抱きしめた。その時、さっき絞められた時の痛みが戻ってきて、声を出すことができなかった。
「一応、追手が来ないように、ここの奴らを殺しておくか。」
そう言って、大和は熊襲組のアジトから出て、少し離れた所で、止まった。そして、熊襲組のアジトの入り口に目を向けた。そして、僕を持っていない方の手から輪っかのようなものを出した。
「さっきの爆弾の手錠がどれほどの威力か確かめさせてみようか。」
そう言うと、大和はアジトの入り口に向けて、その輪っかを投げた。輪っかはクルクルと回って、入り口に入っていった。
すると、大きな爆発音と共に、アジトの建物が内側から木っ端みじんに壊れ、建物の壁が赤い爆風と共に吹き飛んできた。その光景から遅れて、爆風が顔に吹きつけられた。
「これは絶対に手足は吹き飛ぶな。」
そのように淡々と言う大和は、僕より遥かに強く、遥かに人を殺してきたのだと分かった。