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鏡鏡鏡鏡  作者: 恒河沙
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和邇と兎

「二人とも黙っちゃって、どうしたね。せっかく、溶けて無くなる前に常世の国にこれたのね。楽しんでいって欲しいね。」

「溶けて無くなる?」

「この塩が溶けきったら、常世の国は終りね。私は昔、手から塩を出していたね。でも、もう出ないね。だから、あと二日くらいで、この国は溶けきるね。」

「この国が無くなったら、お前はどうするんだ?」

「私、泳げないね。この国と一緒に沈むね。」

 綿津見は笑顔を崩さずに、淡々と残酷な未来を語る。彼女にはそれが一人で悲しいとか、死が怖いとかいう感情がないのだろうか。明らかに人間としての感情が抜け落ちている。これは人と関わってきていないからなのだろうか。


「なあ、俺達と一緒にこの国を抜け出さないか?」

 これは人を知っている俺の傲慢な態度であるかもしれない。それでも、俺はこのまま海に沈んで死んでいく綿津見は不憫でならない。


「確かに、楽しそうね。行ってみたいね。


 ……でも、和邇さんと兎さん、ここに来るね。待たないといけないね。」

「和邇と兎?」

「たまに、兎さんが和邇さんの背中に乗って、この国にたまに来るね。」

 俺は何か話がつながりそうになった所で、急に俺達がいる所の周りの海が盛り上がり始めた。水が落ちていくと、大きな魚の頭が見えてきた。


 和邇だった。和邇は目をぎょろぎょろさせながら、まず、綿津見を見て、俺達を見た。どうやら、綿津見と俺達の関係を観察していたのだろう。すると、和邇は上を向いて、体を揺らした。そして、口を大きく開け、口から赤い何かを吐き出した。


 塩の地面に、和邇が吐き出した何かが突き刺さった。よく見ると、天照の鬼の仮面だった。だが、和邇のよだれか、胃液のような粘り気のある液体で覆われていた。弥都波の方を見ると、自分の持ち物であるのにも関わらず、汚物を見る目で仮面を見ていた。


 俺は粘液に包まれた仮面を中指と親指で摘まんでみるが、粘液がぬめって、指から仮面が滑り落ちた。仮面を掴んだ指は、粘液でべとべとだった。そして、魚臭い。俺は一旦、太極の力を使って、べとべとの仮面をしまった。


「和邇さん来たね。」

 綿津見は和邇に向かって、手を伸ばすと、和邇は頭を下げて、綿津見の手の下に自分の頭を合わせた。大分、和邇は綿津見になついているようだ。その後、和邇は俺達が立っている塩の地面を大きな口で、かじり始めた。


 確か、和邇は塩を食べると聞いたことがあるが、本当のことだとは思わなかった。そんなものを食べて大丈夫なのかと思っていたが、ばくばくと塩をかじっている和邇を見ていると大丈夫なのだろうと思った。


「和邇さん、兎さんはどこね?」

 和邇は塩をかじる口を止めた。


「今日はお菓子持ってきてないね?」

 俺はその和邇と綿津見の問答を聞いて、話がようやくつながった。綿津見が言っている兎があの吊られていた赤兎だと分かった。

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