常世の国の綿津見
「私は綿津見、九歳ね。もしかして、君達、私と同じ人間ね?」
「多分、二人とも人間だな。」
「凄いね!よく来たね!もしかして海を割って、来たのね?」
「そうよ。」
「凄いね!海の向こうの人間は、海を割れるのね。」
「まあ、弥都波ちゃんにかかれば簡単な話よ。」
「みつはって言うのね?」
綿津見はそう言うと、こちらを見つめてきた。
「俺は大和。」
「やまととみつは!わたつみ!皆、いい名前ね!」
綿津見は喜んで、椅子から飛び降りた。しかし、塩の足場は緩く、綿津見が着地した衝撃で崩れ、綿津見は体勢を壊した。綿津見はそのまま塩の山から落ちてしまいそうになったので、俺は綿津見の腕を掴んで、落ちないように引き寄せた。綿津見は俺の足元に引き寄せられた。
「大和、優しいね!人間、優しいね!」
綿津見は俺の足に抱き着いて、そう言った。
「なあ、お前、親はどこにいるんだ?」
「親って何ね?」
俺は何かを言おうと口から言葉を出そうとするが、いたって真面目そうに見つめる純粋な綿津見の目を見ると、何も言えなくなってしまった。綿津見の言葉の意味を少しずつ理解していく内に、じわじわと途方もない感情が心の内から湧き上がってきた。
「冗談よね? だって、言葉が通じているじゃない。」
俺は弥都波の言葉を聞いて、はっとした。確かに、綿津見を育てた人間がいなければ、俺達と言葉が通じる訳がない。
「言葉?確かに、今思うと、なんで通じているね?魚さんと兎さんとは喋ることはできないのに不思議ね。」
弥都波もその言葉と同時に送られる綿津見の無垢な笑顔に、口を押えて、言葉を失っていた。綿津見が九歳と言っているので、少なくとも九年以上この海の上で、一人のまま過ごしてきたのだろうか。まさか、日が昇る回数を数えて……。
俺はちょっとやそっとでは理解しえない根底の常識の違いを頭の中で消化しきれずに、ただ、強い衝撃を受けていた。




