海闢 かいびゃく
「これは弥都波ちゃんの得意技で、海闢って言うの。海を二つに割りたい時はいつでも私を呼んでね。」
なんとでたらめな力だろうか。弥都波の海闢によって生まれた海の裂け目の道を歩きながら、不自然に反り立った海水の壁を観察していた。俺はその海水の壁に触れようとするが、手はぬるい海水の中に取り込まれてしまう。
手を海水の壁から離すと、手は確かに濡れていた。俺は海闢によって切り開かれた道を見ると、視界に入らない果てまで、道は続いている。これが銅の目の陰陽師の力なのか? いや、目が光っていないことから、また別の力なのだろう。
「弥都波はこれ以外に何かできることはあるのか?」
「うーん、弥都波はこれの他に手から水を出したりするくらいかな。この海闢も満たされた水を二つに割ることしかできないし、手から水を出す威力はそんなにないから、他の天照ちゃんの人格より対人戦には弱いかな。
……だから、大和君に守って欲しいな!」
あざとい、可愛い……。
弥都波の上目遣いは、緻密に計算しつくされたよ芸術品だった。自分が一番可愛いと思われる角度と距離を知り尽くした人間だ。それが見え透いていても、可愛いという感情を抑えきれない。俺は自分の顔を直接見てはいないが、おそらく顔を赤くしているだろう。
「ところで、和邇はいないわね。どこ行っちゃったのかな。そこまで遠くに行っていないでしょうから、そろそろ方向を変えてみようかしら。」
弥都波は片方の海の壁に、手を浸けた。そして、海は凹み、二つに割れた。
「こっちを探しましょう。」
それから俺達は海底を歩いて、和邇を探したが、なかなか見つからなかった。他の魚が泳いでいるのは見かけるが、和邇のような図体の大きい魚には出会っていない。和邇はそもそも海唯一の肉なのだから、魚が集まっている所にあるはずなのだが、全く見つからない。
「次の海闢で和邇が見つ弥都波からなかったら、一旦、もといた浜辺に戻りましょう。」
歩き疲れた様子の弥都波は、そう言った。そもそも、俺達は何日も歩き尽くしだったのだから、俺も休みたいのは事実である。
弥都波が海水の壁に手を浸けて、海を裂いた。すると、今回はいつもの海闢とは違う所があった。裂いた海の道があるところで止まっているのだ。その止まっている所には、陸地ではなく、白いものがそびえたっている。
俺と弥都波は、和邇とは関係がないが、とりあえず、それを確認してみることにした。近づいて、その白いものを見てみると、白い粉のようなものが、山のように積まれていたのだ。その白い粉を摘まんでみると、さらさらとしている。弥都波は指にその白い粉を付けて、口の中に入れた。
「塩ね。」
「塩?……なんで溶けていないんだ?」
「常世の国の話は知っている?」
常世の国と言えば、海の果てにあるとされる幻の国だ。その国の地面は、塩で出来ていて、だから、海は塩水なのだ。と言う童話は良く知られている。
「これが常世の国だっていうのか?」
「それ以外考えられないわね。」
弥都波はその塩の山を登って、頂上を目指していた。俺もそれについていった。塩が崩れて、登りにくかったが、二人でようやく登り終えた。塩の山の頂上は、海面の少し下にあり、俺が頂上に立つと、まるで、海の上に立っているようだった。
そして、その頂上にあるものに驚いた。なんと人がいたのだ。まだ年齢が十もいかないくらいの女の子で、子供が座るには大きい白い椅子に座っている。
「……驚いたね。兎と魚以外の生き物は、初めて見たね。」




