水の弥都波
この弥都波と名乗る女は、天照なのだろうが違和感がある。身長や顔は明らかに天照だ。確かに、性格が変わっているし、髪を後ろで縛っている、着けている仮面も違うことも分かっているんだが、決定的に違うところがある気がする。
おそらく、その違和感は、身長も変わっていないが、いつもより着物の裾が上がって、太ももがきわきわまで上がっていることだろう。身長が変わらないのに、服が小さくなったように思える。
「腹より上が太りました?」
「大和君、女の子に太ったなんて言っちゃだめだよ。」
いや、仮面をつけると性格が変わることは百歩譲っていいとして、体型まで変わることはあり得るのか?
その体は天照のもののはずだ。天照なら、貧相で、発展途上な体付きをしていたはずだ。なのに、豊かで、先進的な体付きをしているではないか。そんな脂肪の錬金術などあり得るのか。まさか、銅の目の太極はそういう能力なのか?
「そんな胸ばかりまじまじと見ちゃ駄目!」
弥都波は両手で俺の顔を持ち上げて、俺の視線を上げた。彼女の手は暖かく、柔らかかった。俺は彼女に顔を持ち上げられ、彼女と目があった。
「顔なら見ていいよ。」
彼女はそんなことを言いながら、少し顔を赤くしていた。
か、可愛い……。
すると、痺れを切らした男と医者が大きく咳ばらいをし、存在を示した。弥都波は俺の顔から手を離した。
「あの、勝手に盛り上がっている所で悪いが、さっきまで君を殺そうとしていた女だってことを覚えているよな。なんというか、若いという言葉で片付けることはできないようないびつな恋愛をしとらんか。今の君らは駄目になる未来しか見えないぞ。」
勘違いを加速させてしまったようだ。まあ、端から見れば、情緒不安定な彼女に振り回される彼氏に見えてもしょうがない。
とりあえず、二人に事情を説明して、俺たちの関係を理解してもらった。もちろん、陰陽師であることなど、知られたくない情報は隠して、一通りの事情は話した。
「うーん、にわかには信じがたいが、そちらの娘さんは、仮面で人格が変わる多重人格者だと言うことだな。それで、ある一つの仮面が和邇に食べられて、一つの人格が壊れたので、一旦、別人格の仮面を被っているということ……。」
弥都波の言い分を聞いて、別の仮面をつけている理由を知った。弥都波は説明が終わると、こちらを向いて、目を合わせてきた。
「大和君、私と天照ちゃん二人以外に、よ、……三人いるけど、私のことを一番にしてくれる?」
弥都波は上目遣いで、あざとい質問をしてきたが、俺はきっぱりと言い返した。
「はい!弥都波さんが一番です!」
正直、素顔天照と弥都波は甲乙つけがたいし、この先の人格もいいかもしれないが、その場しのぎでも、今の弥都波に嫌われたくなかった。弥都波は喜んだ顔をしていたが、残りの二人はイライラしていた。
「イチャイチャしているところ悪いが、その和邇に食われた仮面はもういらないのか?」
「弥都波はいらないけど、天照ちゃんは欲しいでしょうね。」
「いや、もう弥都波のままでもいいんじゃない?」
「もう、大和くんったら。」
笑顔の彼女は俺の肩辺りを軽く叩いた。
可愛い……
「まあ、俺はどうでもよくなってきたんだが、和邇を探すならば、船を貸してもらうように言ってやろうと思ったが、必要ないんだな。」
男は語気を強めて、確認してきた。俺は冗談はさておき、もし、海の中から仮面を探すなら、船が必須だろう。もちろん、広大な海の中から一匹の和邇を探し出すなんて簡単なことではないが、船がないよりましだろう。
「船なんていらないわ。水の弥都波ちゃんよ。」
弥都波以外の三人はぽかんとしていた。
「弥都波ちゃん、何か不思議なこと言った?
……まあ、探しましょう。後で、天照ちゃんに怒られると駄目だしね。」
そう言うと、弥都波は外へ出て行った。俺はそれについていった。弥都波は海の方へ歩いていき、海辺で座り込んだ。そして、海に手を浸けた。何をしているのかと思っていると、目を疑うような出来事が起こった。
弥都波が手を浸けた場所から平坦な海が凹みだしたのだ。その凹みは段々と大きくなり、海底の砂浜が見えるようになってきた。そのまま、海は弥都波の手の指の方向へ一直線に割れていき、一つの道のようになっていた。弥都波は海から手を離すと、こちらに振り返った。
「さっ、天照ちゃんのために早く探しちゃいましょう。」




