報復
俺は体が動くようになるまで、男に寝かせられた布団の上で寝ころんでいた。その間に吊られた兎が出口の窓からもがく足先が窓から少し見えていた。兎は苦しみ続けているのだろうと思った。俺はひと思いに殺してしまえばいいのになあと思っていた。
段々と兎の足が見えることはなくなってきた。ようやく体が動くようになった後、布団から立ち上がった。男は医者を呼ぶと言って、再び出かけていたので、俺はこっそりと出口から出て、兎の様子を見てみることにした。
すると、兎はいなくなっていて、縄の輪だけが吊られていた。その輪には、兎の毛と剥がれた皮膚が付いていて、血が滲んでいた。兎は死んだのだなと分かった。俺はそれを確認すると、そっと扉を閉じて、再び布団に寝転んだ。
しばらくすると、男が医者らしき人を連れて、俺の下にやってきた。
「大丈夫か、死んでないか?」
「いや、もう医者を呼ばなくても、大丈夫だって言ったじゃないですか。ただの持病で、しばらく動けないだけだって。」
「しかし、体が急に動かなくなる持病なんてあるのか?とりあえず見てもらった方がいい。」
俺はしょうがなく、服を脱いで、胸元の傷を見せた。
「俺は右肺潰されているから、長い時間動くことができないんだ。」
医者はそれを聞いても、疑い深い目をこちらに向けた。医者は俺の傷跡をベタベタ触って、観察した。
「……確かに、肺が一つ潰されているなら、そのようになるかもしれませんが……
いや、ただの町医者なので、分かりませんが、そうなのでしょう。」
俺は悪いことはしていないが、濡れ衣をかけられたような気分になった。俺は服を着た。
「本当に勘違いで良かった。大変な病気でなくて良かった。」
男は安堵したように、そう言った。顔には寄らず、何ともお節介な男だ。男はそう言うと、隣の部屋に行った。おそらく、診察代か何かを取りに行っているのだろう。俺はその隙に、医者に小さな声で問いかけた。
「なあ、あの男の嫁さんが兎に殺されたってどういうことなんだ?」
医者は男に聞かれていないことを確認しながら、俺に耳打ちしてくれた。
「私から聞いたってことは言わないでくださいよ。」
人は噂話をするときこのようなことを言うのはなんだだろうか。
「この家の前に、古ぼけた旗があったでしょう。あれはね、以前ここでは、あの人とその奥さんで和菓子屋を営んでいたんですよ。ある程度繁盛してまして、私も美味しく頂いていたんですけどもね。ある時、奥さんが倒れたんですよ。
私が奥さんを診察したんですけど、どうしようもない状態でして、薬を飲んで、安静にして良くなるのを待つしかないような状態だったんです。でも、その薬って言うのが高くてね。とても一般庶民が毎日買えるようなもんじゃなかったんです。
それに、この小さな村の和菓子屋でどう頑張っても、稼ぐことのできる売り上げなんて決まってるんですよ。隣の大きな国の方へ売りいけば、いくらか足しになるでしょうが、奥さんの看病がある以上それもできませんでした。
それでも、どうにか和菓子を売って、毎日薬を買うことができていたんです。そんな時でした。兎が現れたんです。その兎が何をしたかと言うと、この店の和菓子を盗んだんです。私はその兎が和菓子を盗むところ等見たこともありませんから分かりませんが、兎がそんなに起用なことができるんですかね?
まあ、それはさておき、兎は毎日のように和菓子を盗みに来て、さらに、盗む時に毛や足跡で盗まれていない和菓子も台無しにしたもんですから、作り直し、そしたら、当たり前ですけど、店は赤字なので、薬を毎日買うことができなくなってしまったんです。
だから、あの人はどうにか兎を懲らしめようとしたんです。罠や武器を用意していたんですけどね。それを奥さんが猛反対したらしいんですよ。他の命を殺してまで、私は生き長らえたくないって言って、強情だったらしいですよ。
何ともお人好しな奥さんですけど、自分の命も大切にして欲しいものですよね。奥さんは兎を傷つけたら、死ぬみたいな勢いであの人に迫ったもんですから、あの人はどうしようもなくて、結局何もしなかったようなんです。
兎に和菓子を盗まれ続けて、奥さんは弱っていく。そんな状況に心をすり減らしていくあの人の姿は見てられなかったですね。まあ、この後は言わなくても分かるでしょうが、あなたが今寝ている布団の上で、先日お亡くなりになりました。」
俺はそれを聞いて、布団から抜け出した。すると、ちょうどいい時に話の渦中にあった男が帰ってきた。
「いや、すまないが、つけておいてくれないか?」
結局、診察代は見つからなかったらしい。
「いや、今思い出したんだが、脇腹に傷があるんだが、診てくれないか?」
「ああ、いいですよ。……えっ、あの汚らしい腹巻みたいなやつって、包帯だったんですか?」
俺は服を上げて、俺の腹を見ると、確かに、清潔感のある包帯には見えない。
「今すぐその包帯は捨てたほうがいいですよ。膿みますよ!」
「じゃあ、いい。俺の診察だから、俺が払っておくよ。」
俺は懐から硬貨を出すふりをして、太極を使って、おそらく十分なお金を出して、医者に手渡した。
「ちょっと待って、本当にやばいですよ。せめて、この塗り薬でも塗ってください。」
医者は持っていたカバンの中から薬の容器を取り出した。俺はその容器を受け取った。その時、出口の方から誰かが入ってきた。
「大和くーん、泣き虫な天照ちゃんに代って、笑顔が魅力の弥都波ちゃんが迎えに来たよ。」
明るい声を出して、左目をウインクをしながら入ってきたのは、左目辺りだけを覆う青い仮面をつけた天照だった。




