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鏡鏡鏡鏡  作者: 恒河沙
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右と左

 あらすじを読んでおくと分かりやすいかもしれません。

 指ではじいた硬貨は、空中でくるくると回転しながら、自らの輝きを周りに振りまいていた。その硬貨は、五、六メートル程ある天井に当たる寸前のところで、ゆっくりと下に方向を変えた。だんだんと速度を上げる硬貨を両手でつかむ動作をし、握った両手を差し出す。


 俺の前には、どっぷりと椅子に座ったボスのような奴とその左に筋骨隆々の眼帯の着けた大男と右にはすらりとして華奢な男が立ちはだかっている。おそらくこの中で一番強い人間は、右の細い男だろう。だが、体が細いだけでなく、目も細いので、この硬貨の行方が目で追えているのだろうか?


「硬貨はどちらの手に握られているでしょうか?」

「右手だ。」

 即答だった。俺は両手の握り方を変え、もう一度、細男に確認をした。


「本当に?」

「二度言わせるな。お前は落ちてくる硬貨を右手で掴んだ。だから、答えは右だ。」

 細男はあの細い目で、ちゃんと見えているようだ。俺は両手を開いて、答え合わせをした。


「正解!答えは右手でした。」

 そう言うとしびれを切らした左の大男が起こるように口を挟んできた。


「もういいだろう。五体満足で生きていたいなら、早く行け。」

「そうですね。全くいい目をしている。」

「お前、手足に付いた爆弾のこと分かっているよな?あんまり舐めたこと言っていると、爆発させちまうぞ。」

「ハハハ、それは怖い。」

 俺は大男を挑発するように笑いかけた。大男は今にもこちら側に突進してきたが、それを細男が片手で大男の胸ぐらを掴んで静止する。大男は突進を続けているが、その場からピタリと動かない。体の体積が三倍あまり違う相手を細腕で抑え込む光景は異様だった。


「止めておけ、相手は鞘無しかもしれないんだ。いくら手足の自由を奪っているからと言って、油断するな。」

 大男は突進を止めた。細男は大男を掴んだ手を放した。


「失礼した。見張りとしてこいつを行かせようとしたが、別の者を行かせることにしよう。


 それでは再び鬼神の面の女を連れて、ここに戻って来ることを期待している。」


 細男はニコリと爽やかな笑顔をこちらに向けてきた。眼帯を付け、大きな傷跡のある大男と違って、何一つ傷がない綺麗な顔だった。この数分のやり取りで、出雲組の中での細男の並外れた強さが伝わってきた。


月読つくよみ、そういう訳だから、見張りを頼むぞ。」

 細男は部屋のふすまの方に向かってそう言った。襖は少し開いていて、その隙間から覗く目が垣間見えた。すると、月読と見られる小さな子供のような男が申し訳なさそうに、ゆっくりと襖を開けて、部屋に入ってきた。


「そいつが見張りの月夜見。」

 月読は照れたように無邪気に笑い、敬礼をする。いかにも単純で、馬鹿な感じがする顔だ。簡単に言いくるめられそうで、見張りとしての資質はなさそうに見える。しかし、この細男に見張りを任されるのだから、単純な馬鹿ではないのかもしれない。


 



「道分かんない!」

 月読は地図を逆さに持って、間抜けな声で言ってきた。俺は月読から地図を奪い取って、熊襲くまそ組のアジトへの道を確かめた。


 見張りと言いつつ、俺を一人にしてトイレに行くし、いつも俺の前を歩いて、簡単に背中を見せている。よくあの細男はこいつに見張りを任せたものだ。


 月読は急に何かに気づいたように、自身の体をあちこち触りだした。


「あっ。」

「どうした?」

「爆弾のボタン、どっかに落としちゃった。」

 やはりこいつは駄目だ。気付くのが遅すぎる。


「さっき、トイレの時に落としたんじゃないのか?」

「そうかも、探してくるね。」

 月読は来た道を一人で引き返そうとしてきたので、急いで月夜見の手を掴んで引き留めた。


「ちょっと待て、もうそれは必要ない。」

「でも、ボタンを拾われて、誰かに押されちゃったらどうするの?」

「……少し、後ろを向け。」

 月読は不思議に思っていそうな顔をしたが、言う通りに後ろを向いた。俺はそれを確認をすると、手に付いた爆弾の錠を触った。この錠の爆発条件は爆弾のボタンを押すか、無理に外そうとするかの二つだ。錠は手足の一番細い所にきつく取り付けられているので、普通ならこの錠を外すことはできないだろう。俺は力をかけないように優しく足の方の錠も触った。


「もう、こっちを見ていいぞ。」

 月読はそれを聞くと、こちらに振り向いた。すると、月読はこちらの方を見て、目を見開いて驚いていた。なぜなら、俺の手足に付いていた四つの錠が外れて綺麗に積み上げられていたからだろう。俺はその面を食らった月読の顔の真ん前で、大きな手拍子をした。


 月読はさらに驚いて目をつぶってしまい、後ろにバランスを崩して、尻もちをついた。しばらく月読は尻もちを痛がっていた。その痛みが引いて、ようやく目を開き、こちらの方を見た。こちらを見た月読は驚くと言うより、恐れるように血の気の引いている顔をして、地面に手をついたまま後ずさりした。


 おそらく、先ほどまで積まれていた爆弾の錠が綺麗さっぱりなくなっているからだろう。


「ここで質問。爆弾のボタンと後ろの腰に隠していた銃を奪われ、素手で戦うしかないお前は、銃と爆弾を持った俺に勝てるでしょうか?」

 俺は両手に月読から奪った銃と爆弾のボタンを持って、月読に見せつけた。月読は焦ったような表情で冷や汗をかいている。


「それにしてもこんなに小さい銃見たことないな。片手で撃つのか?


 それに銃弾を入れる所がないし、本当に撃てるのか?」

 俺は右手に持った銃を観察しながら、銃の標準を月読の方に合わせてみた。銃を突きつけられても、月読は意外と落ち着いている。


「撃てるよ。引き金を引けば、バーンってね。」

 月読は作り笑いをしながら手を後ろで付くことを止めて、呼吸を落ち着かせている。しばらく俺と月読はぴたりと動くことを止め、その間には静寂が流れた。


 その静寂を破ったのは月読だった。月読は右斜めの俺の見えない所に移動した。俺がそれに合わせて振り向くと、月読が飛び掛かってきていた。俺は右手を月読の方に向けて、引き金を引いた。


 しかし、ちゃんと引き金を引いたはずなのに、銃弾は出てこない。飛び掛かってくる月読の顔は笑顔だった。俺がまんまと罠に引っ掛かったと思っているのだろう。


 だが、残念ながら、その月読の笑顔は一瞬にして、絶望に変わった。


「いい反応だな。ただの馬鹿ではないようだ。」

 月読は飛び掛かりを足で止め、首を横にずらしている。なぜなら、俺が左に持った刀先が首の横をかすめているからだ。月読の首からは血は出ていないが、刀から月読の脈拍が微かに伝わってくる。


「襲い掛かる直前に、右手に持った銃の話をして、銃を使わせることを印象付け、右側の死角に消え、突然襲い掛かることで、この右手に持った撃てない銃で攻撃させることを強制させる。即座に考え付いた戦略としては良かっただろう。


 だが、少し誘導が分かりやす過ぎだ。その反応速度は評価するが、考えが単調過ぎる。」

 俺は体を月読の方に向けて、刀を振りやすいようにした。


「命乞いが最後にあるなら聞いてやるが、あるか?」

 月読は血の気の引いた顔をしながら、唾をごくりと飲み込み、ゆっくりと口を開いた。


「君の目を近くで見て、あの時、左手に握られていた硬貨の意味が分かったよ。君は金色に目が変わるんだね。僕は銀色なんだ。」

 そう言うと、月読は目の色を銀色にキラキラと輝かせた。

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