吊られた赤兎
「ぐえっ、……ぐすっ……うわ~ん。」
天照は、泣き止み、泣き出し、号泣というめそめそループを繰り返している。俺はどうにか天照を泣き止ませるために、仮面を取り戻そうとしたが、動かない体ではどうしようもない。俺は天照に体を揺らされながら、浜辺で倒れていた。半時間から一時間は体が動かない。
「痛い、痛い、痛い、染みる、染みる染みる。」
天照に俺の体は揺らされて、牛鬼と戦った時の脇腹の傷に海水が染みて、痛い。
「ちょっと、天照さん。俺の体を揺らして、海に入れないで。ああああ!」
そんなことは天照に聞こえていないらしく、泣きじゃくって、俺の体を揺らす。段々と口の中に海水が入ってきた。
溺れる。死ぬ。
そんな危機感とは裏腹に、天照はどんどんと俺の体を海に押し込んでいく。俺は大声を出そうにも、口に海水が入って、声を出せない。
とりあえず、あの世に行ったら、こいつを呪おう。
俺はそんなことを思いながら、溺れていった。最後まで体を動かそうとするが、全く体が動かない。
まだ死にたくない。
「おいおい、何をやっておる。」
海の中で聞こえにくかったが、そう聞こえた。俺の体から天照の手が離れ、海から誰かに持ち上げられた。
「大丈夫か?」
水が目から落ちていくと、俺を持ち上げた人の姿が見えてきた。その人の顔はしわが深く刻まれ、中年の男性で、もの凄く強面だった。救われたのに殺されそうだ。
「あっ、大丈夫です。ただ、ちょっと体が動かなくて……。」
「それは大変だ。俺の家は近くだから休んでいけ。」
強面の男は俺のことをひょいと背中に抱き上げた。
「ところで、この娘さんはどういう関係で?」
「一応、仲間なんですけど……。」
「……とりあえず、置いていくよ。」
もしかしたら、いらぬ心配をさせてしまったかもしれない。浜辺にいる死にかけの男を泣きながら、溺れさせようとさせる女と言う構図は、複雑な人間関係を思わせる。面倒なことにならないように、一旦、二人の距離を取らせたのかもしれない。
男はゆっくりと砂浜を歩いていった。砂浜の奥には、俺達は来た森の横に、村らしき家の集合があった。男はその村に入っていき、少しすたれた旗を立ててある店屋のようなところの裏口に回った。男が裏口を開けようとした時に目に入ってきたのは、入り口前に吊られた赤い兎だった。
よく見ると、赤い兎ではなく、皮が裂けて、体中が赤く腫れているのだ。もちろん、生きているのだろうが、今にも死にそうである。俺はこの男に殺されてしまうのではないかと思いながら、体を動かすことのできないまま、男の背中にもたれかかっていた。
男はその店に入ると、小さな部屋の中があって、畳の上に敷かれた布団と畳まれた布団が一組ずつあった。俺は敷かれた布団の上に寝かされた。
「まあ、ゆっくりしていけや、わしはずっと暇じゃからな。」
俺は恐怖心がありながら、思わず好奇心から聞いてしまった。
「あの入り口に吊るされた兎は、どうしたんですか?」
男は強面の顔をしかめて、話しづらそうにしていたが、無視することもできないと諦めたのか、口を開き始めた。
「昨日、罠にかかって傷をつけておったから、塩を塗りたぐって、天日で干しておるんだ。」
「……なぜ?」
「……ただでは殺したくないからだ。」
「……なぜ、そんなに兎を恨むんですか?」
男はまた顔をしかめていた。男は下を向き、悲しそうな顔をしたかと思うと、顔を上げ、拳を握りしめ、怒りを顔に滲ませた。
「あの兎に、俺の嫁を殺されたからだ。」




