蝿
「なんであの宿をでたんじゃー、わらわをこんなに歩かせて、あの宿に泊まり続けたら良かろう。」
「馬鹿か。あんな泣いている人の家に何泊もできるわけがないだろう。」
「それもそうじゃが、もう野宿はしとうない。まともに風呂に入らないまま何日経った?そちの横にいる月読を見てみよ。昨日からずっと肩に蝿を乗っけておるぞ。」
俺は天照に言われた通り、月読を見てみると、本当に肩に蝿を乗せていた。よく見ると、俺達の周りには蠅が何匹か群がっていた。
「この子、オスだと思う?それともメス?」
「ほら、月読がおかしくなっておるぞ。そちは男であろう。だから、か弱きわらわたちを守る義務があるのじゃ。」
「オスだったらメスで、メスだったらオスって名前を付けようかなあ。」
確かに、これ以上はヤバそうだ。今までは一人旅だったから、自分一人が我慢すれば良かったが、もうこの二人を連れている以上、以前のようにはいかないと言うことだ。
「そうは言っても、これからどれだけ歩くかも分からないのに、限られた飲み水を水浴びに使う訳にはいかないだろう。」
「ああ~、もう地獄じゃ~、ベタベタして気持ちが悪いし、汗臭いし、男は頼りないし、最悪じゃあ~。
そちもそう思うじゃろ、月読?」
「オスちゃーん、よしよし。」
月読は蝿と対話を試みている。月読の目は据わっている。しかし、この獣道のゴールは見えそうにない。とりあえず、俺は天照を黙らせることにした。
「そもそも、お前達は何が目的に俺についてきているんだ?」
「違う。そちにわらわがついていっているのではない。わらわがそちについていくことをわらわがそちに許しているんじゃ。わらわが上、そちが下じゃ。一番偉いわらわをそちらは助ける義務がある。もし、あの時のようにわらわが捕まっていたら、そちらがわらわを救わせるためにお前らを雇っているんじゃ。」
「一番偉くて、雇ってんだったら、見返りくれよ。」
「うるさい!」
天照はそっぽを向いて、すねてしまった。俺はようやく黙った天照にほっとした。
「ねえ、オスは何歳?」
あ、こっちもうるさいな。俺は静かに月読に近づき、いきなり蝿の乗っている肩を強く叩き、蝿を叩き潰した。
「オスちゃーん!」
俺h月読の肩から手を離した。月読の肩から蝿の姿は跡形もなくなくなっていた。俺は手を払って、月読に背を向けて、歩き出した。
「酷い、オスちゃんを肩の上で飼おうと思っていたのに~。大和が悪いことしたー、怒って、天照ちゃーん。」
振り返ると、月読は天照の体に抱き着いていて泣くふりをしていた。その月読の頭を天照はよしよしと撫でていた。
「そち、今のは酷いぞ。月読は歩きの肉体的疲れで、いかれておるのじゃ。そんなことをしては余計に面倒になるだけじゃ。今すぐ謝るのじゃ。ついでにわらわにも謝るのじゃ。
わらわらをこんなに歩かせてすいませんと、頭を垂れて謝るのじゃ。」
「謝らん。こんなことはこの先腐るほどあるんだ。それなのにいちいち謝っていたらきりがない。
だから、そんなことでいちいち泣いていたら、駄目だぞ。もう、親に泣きついたら助けてくれる年齢じゃないんだよ。」
「大和が言っちゃいけないこと言った~。」
月読はさらに声をあげて泣き出した。
「そち、面倒だからとりあえず謝るのじゃ。」
「そんなに泣くな、男だろう。」
俺は天照に引っ付く月読を引っぺがそうと手を伸ばした。
「?」
天照は不思議そうに俺を見つめた。俺はそれを気にせず月読の肩を掴んで剥がそうとする。するとその時、遠くから何かがもの凄い速さで近づいてくる気配がした。俺は一旦月読から手を離し、戦闘態勢に入った。
その気配はありえない速さでこちらに近づいて来ていた。俺も目で捉えることができない程の速さだった。俺は敵だと思い、気配を頼りに刀を振ってみた。天照も近づいてくる気配に気が付いたようで、俺が刀を振った所と同じ所に腕を鞭のように振り抜いていた。
その気配に刀が当たったと同時に、もの凄い力が入って来るのが伝わってきたが、すぐに力が加わることが無くなった。俺は思わすその力が余って、前に体勢を崩した。俺は何が起こったのか分からず刀を見てみた。
すると、刀の先が綺麗に折られていて、今、俺が握っている柄の部分しか残っていなかった。俺は目を丸くして、びっくりした。
「おりゃ!」
天照は大きな声をあげて、腕を振り抜いた。すると、地面に何かが強く叩きつけられた。地面はクモの巣状に割れて、とてつもない力がかかっていたことが分かった。
俺は地面に叩きつけられた何かをよく観察してみると、人だった。いや、人だと言うことは分かるが、なんというか野生が溢れ出る風貌である。着ている服は所々破れたボロ衣で、汚らしい。髪はぼさぼさだが、櫛でまとめられている。
その野生児は、目を見開いて、驚いている顔で動かない。俺は気を失ったのかと思いながら、近づいてみると、急に地面から立ち上がった。
「我が名は素戔嗚。いざ、参る!」
そう言うと、素戔嗚は俺の方に向かって襲い掛かってきた。俺は壊れた刀を見て、このいきなり挑まれたこの勝負に死を感じた。




