後編(どうしてこうなったのかしら?)
七色の変装の技術を持つメガンデルク公爵家。
アレクト宰相の力を借りて、王太子付きの侍女の一人と入れ替わる。
元々居た黒髪碧眼の侍女クリエネを密かに拉致し、メガンデルク公爵家に閉じ込め、
クリエネに変装してエルディシアはフォルト王太子に近づいた。
クリエネはフォルト王太子の世話係の一人である。
クリエネの世話の内容は、アレクト宰相が調べてくれていた。
だから、やる事は解っている。スムーズにフォルト王太子の世話は出来るはずである。
傍にいれば、フォルト王太子を苦しめる事が出来る…
そう思っていたのけれども。
朝、朝食を運び、テーブルにセットしていると、フォルト王太子が起きて来て、椅子に座った。
エルディシアは胸がドキドキする。
ああ…毒杯を賜っても、わたくしはこの方が好きなんだわ。
あれ程、愛した人ですもの。
そう簡単にこの思いは捨てられない…
食事を並べていると、ふいに、その手を掴まれた。
「クリエネ…」
その手の甲に唇を這わしてくるフォルト王太子。
クリエネにもそのような事を?
フォルト王太子を睨みつけると、フォルト王太子は唇の動きだけで、呼びかけたのだ。
- エルディシア -
「え??」
- 愛している -
何故?何故、わたくしがエルディシアだと?
変装は完璧のはずよ。
何故、バレているの?
「王族が侍女に手を付けるだなんて、良くある話だろう?クリエネ。今夜、私の部屋に来るがいい。」
王族の命令は絶対である。
エルディシアは、
「かしこまりました。」
と返事するしかなかった。
夜、フォルト王太子の部屋に伺うと、フォルト王太子に背を引き寄せられ抱き締められた。
「エルディシア。エルディシア。エルディシアっ…」
「わたくしはクリエネですわ。」
「エルディシアを私が間違えるものか?どんな姿をしていようと私は君を見分ける事が出来る。あれだけ愛した婚約者を私が解らないと思ったのか?」
「では、何故?わたくしは婚約破棄をされ、毒杯を賜ったのですか?」
スっとフォルト王太子はエルディシアから離れて、
「宰相は君を殺しはしなかっただろう?私とサミーニャに復讐するように、焚きつけたのではないのか?」
「貴方様は何でもお見通しなのですわね。」
「ふん。奴の考えそうな事は解る。サミーニャと婚約を結ぶ必要があった。レストニカ公爵家は悪事を働いている。サミーニャと婚約を結び、メガンデルク公爵家をないがしろにした事で、奴らに油断が生じている。密かに手の者に調べさせているから、奴らを逮捕する日も近いだろう。」
「宰相は貴方様の敵なのですか?それとも味方?」
「アレクトは敵でもあるし、味方でもある。私の破滅を望んでもいるが、奴も悪を憎む一人だ。アレクトは今回のサミーニャとの婚約はレストニカ公爵家を油断させるためだという事を知っていた。それを君には言わなかった。油断ならない男だが、上手く使ってやれば問題はない。」
「解りましたわ。でも…」
エルディシアははっきりと断言する。
「わたくしは貴方様に婚約破棄をされ、毒杯を賜ったのです。ですから、もう、王家とは関係のない死んだ人間になりましたのよ。
真実が解った今、貴方様に復讐する気もなくなりましたわ。
でも、サミーニャ様には復讐してから王宮を去ろうと思いますの。」
「サミーニャに?」
「当たり前ですわ。女の意地を見せて差し上げます。」
フォルト王太子はエルディシアをぎゅっと抱きしめて、
「君の名誉は回復する。私の力を持ってして必ず。
だから、もう一度、私と婚約して…そして王妃になってくれないか?私にとって君との三年間はとても愛しくて愛しくて。君と離れるなんて考えられない。」
「貴方様はわたくしを信頼してくれませんでしたわ。いかにレストニカ公爵家を油断させる為とは言え、婚約破棄するだなんて。わたくしは貴方を許さない。これがわたくしの復讐なのかもしれませんね。」
背を向けて、フォルト王太子の部屋を出る。
涙がこぼれた。言って下さればよかったのに…
サミーニャが憎い。だから、ちょっとは復讐する事にした。
翌日、王宮の夜会にサミーニャも出ると言う。
彼女の支度部屋の大鏡に細工をした。
サミーニャはご機嫌よく、侍女達にドレスを着つけて貰っていた。
フォルト王太子の婚約者になったのだ。
派手な桃色のふわりとしたドレスを身に纏い、鏡を見入っていると、
急に灯りが消えた。
「どうしたのかしら?一体全体。」
すると、鏡がぼうううっと光って、そこに映し出されたのは死んだはずのエルディシア・
メガンデルク公爵令嬢。
唇から血を流して恨めしそうにこちらを睨んでいる。
サミーニャは悲鳴をあげた。
「きゃああああああああああっーーーーーーーー。」
化けて出たのだ。エルディシアの亡霊が。
侍女達も目撃したものだから、全員で真っ青になって、部屋から転げ出た。
その様子を見て、エルディシアの気持ちはすっきりした。
近いうちにサミーニャはレストニカ公爵家の悪事がバレて、婚約破棄されるだろう。
レストニカ公爵が罰せられれば、サミーニャとてただではすまない。
フォルト王太子の元を去る決意もつくのであった。
エルディシアは毒杯を賜って死んだ事になっているので、
エルディシア・メガンデルク公爵令嬢として生きる事は出来ない。
わたくしはこれからどうしようかしら…
メガンデルク公爵家の自室に引きこもり、悩むエルディシア。
そこへ、フォルト王太子が豪華な馬車に乗って訪ねて来た。
エルディシアは仕方なく、客間でフォルト王太子を迎え入れる。
メガンデルク公爵夫妻である父母も一緒だった。
フォルト王太子は3人に向かって、
「レストニカ公爵家の悪事は明るみになった。レストニカ公爵夫妻は逮捕。
サミーニャとの婚約は破棄した。彼女は修道院へ行くことになった。
君の幽霊を見て随分と参っていたようだが、両親の犯罪と私の婚約破棄のショックを受けて、錯乱しているようだ。まぁ、君を汚い手で陥れた令嬢。報いであろう。
エルディシア。君の名誉を回復しようと思う。
だから、もう一度私にチャンスをくれないか?」
エルディシアは首を振って、
「毒杯を賜ったわたくしが、生きていた事は、王家の命を破った事になりますわ。
だから、それは出来ないでしょう。アレクト様の機転がなければ、わたくしは毒杯で亡くなっていたのですわ。レストニカ公爵家を油断させるためとはいえ、汚い手を受け入れたのは貴方。貴方をわたくしは許せない。王妃になる訳には参りません。」
「だったら、私は王になる訳にはいかない。君が毒杯で亡くなった令嬢と言うのなら、私はフォルトの名等いらない。国王の座もいらない。一人の男として、君の傍にいたい。」
エルディシアは叫ぶ。
「何もかも捨てて生きていける程、世の中、甘くはありませんわ。」
「それでもだ。このまま、君と別れて他の女と結婚をして王太子になって、
私は後悔したくはない。一生後悔するだろう。婚約破棄をし、君に毒杯を飲むように命じた事。エルディシア・メガンデルク公爵令嬢を殺してしまった事。」
「そう、わたくしはもう…エルディシア・メガンデルク公爵令嬢ではないお葬式もすませた幽霊なのですから…」
エルディシアはフォルト王太子に向かって、
「一生後悔して生きて下さいませ。それがわたくしが貴方様に望む事です。」
愛しているから愛しているからこそ、憎しみも深いのよ。
わたくしの憎しみの楔を心の臓に受け止めて、一生、生きて下さいませ。
だなんて…粋がっていたのだけれども…
数年後、王宮の廊下で、王太子では無くなった、フォルト・レッテレリア大公が、
外国からの王族の人達を、案内していた。
廊下から眺める王宮の庭は色とりどりの花が咲き乱れ、外国の王族達の目を和ませる。
「美しき庭ですな。レッテリア大公。さすが、王宮の庭」
「お褒めに預かり光栄です。アレクト国王陛下がお待ちですから、参りましょう。こちらです。」
流暢な客人の国の言葉でレッテリア大公が案内する先で、廊下で出迎えるは、レッテリア大公夫人。エレーナ。こちらも同じく流暢な言葉でにこやかに、
「よくぞいらっしゃいました。さぁ、こちらですわ。」
外国の王族は目を見開いて、
「お美しい御婦人ですな。」
レッテリア大公が紹介する。
「私の妻、エレーナです。」
「エレーナ殿。さすが、大公、お美しい伴侶をお持ちで。」
褒められたエレーナはにこやかに、
「お口がお上手です事。嬉しいですわ。」
何だかんだと言っても、フォルト王太子の熱烈なるアタックの末、気が付いたら、結婚していたエルディシア。
- おかしいわね。一生後悔させるつもりが、何故、わたくしはあの方の妻になっているのかしら… でも、もういいわ。あの方も王太子の位を降りて、今は大公として外交官をしている。わたくしも大公夫人として、こうしてあの人の役に立っている。エルディシアは死んでしまったけれども、エレーナ・レッテリア大公夫人として、フォルト様の妻として、生きているわたくしは幸せなのではなくて? -
エルディシアは後悔はなかった。フォルトと結婚した事。
一時は凄く憎んだ相手だった。フォルトの熱意もあったが、ただ…
忘れられなかったのだ。三年間、共に語ったこの国の為に役立ちたいという思い。
フォルトが王太子の位を降りると、エルディシアの為に降りると言った時、
外交官になって、国の為に生きたいと言った時、
エルディシアはフォルトの事を許していた。
- わたくしはこの人と一緒に、国の役に立ちたい…
わたくしはフォルト様と共に走りたいのだわ。-
今の仕事は誇らしい。エレーナ・レッテリア大公夫人として、にこやかに微笑みを浮かべるエルディシア。
アレクト国王陛下が待っている。
フォルトと共に、エレーナは、外国の王族をアレクト国王の元へ案内する。
春の風が暖かく、王宮に花の香りを運んで来るそんな明るい一日が今日も過ぎていくのであった。
おまけ。
わたくしは、メガンデルク公爵家で暮らしている公爵令嬢ではなくて、客間の水槽で暮らしている「銀の魚」です。
はい。1m位の大きさに、2mの水槽はちょっと小さすぎて、窮屈でございますけれども、
毎日、生きたエビを頂けて、ゆっくりと暮らしていけるだけで、幸せと思っておりました。
でも…その幸せが終わる日が来ようとは思いもしませんでしたわ。
王家の使いの男がやって来て、メガンデルク公爵夫妻と、その娘の公爵令嬢に、
「王家の決定は毒杯です。フォルト王太子殿下の婚約者サミーニャ様を害そうとした罪は大きい。」
「わたくしは、サミーニャ様を殺そうだなんてした事はありませんわ。再三申し上げておりますのに、証拠もなく毒杯とは…余程、わたくしが邪魔なようね。」
ああ、あのどうしようもない気の強い公爵令嬢が言い訳をしている。でも、魚であるわたくしには関係ないわ。
人間はくだらない事で争っているのね。
いつも生きた餌を下さるメガンデルク公爵様も、(この方はわたくしに餌を下さるから様付けですのよ。)
「我が娘を婚約破棄した上に、冤罪で毒杯を賜るとは…私は断じて受け入れませんぞ。」
魚なんて興味お欠片も示さない、ここの家の公爵夫人(わたくしは大嫌い)
男を睨みつけながら、
「わたくしも、夫と同じ意見ですわ。愛するエルディシアを守るためなら、わたくしは…
王家に反逆する覚悟でございます。」
メガンデルク公爵も頷いて、
「妻の言う通りだ。私達の覚悟は出来ている。領地の兵、全てを集めて…我が娘の為に…」
そうしたら男はニヤリと笑いながら、
「待って下さいよ。私は貴方達の味方です。」
令嬢が男に食ってかかっているわ。本当に気が強い女なのよね。アレは…
「信じられないわ。貴方はフォルト王太子殿下の従兄に当たる王族の血筋…。それなのに、何故、わたくし達の味方なのです?」
「王族の血筋だからこそです。毒杯は…こうしてしまえばいい。」
ちょっと、男が水槽に瓶の中の液体を垂らしたじゃないのっ…
きゃっ…何これ…何だか意識が…とおの…
どうやら、わたくしは死んだらしい。
しかし、それで思い出したのよ。わたくしの本当の正体は、水神。
ちょっと罰を食らって魚になっていたのよね。
罰は何かって?人間の男に惚れちゃったの。
それで、その男性を連れ去ろうとしたら、神様に怒られちゃって。
でも…わたくしは自分の正体を思い出したわ。
どうしてわたくしが毒杯を受けねばならないのでしょう。
わたくしが何をしたと言うの???
水神であるからには、わたくしを殺したあの男に復讐致しましょう。
わたくしを毒で殺した男は宰相アレクト・シュルデルトと言う男。
王族の血筋を引く若い男であることは解ったので、わたくしは、復讐する為に、
鏡に身を潜めましたわ。
そう…あの男が屋敷の鑑を見た時に、背後から現れて呪ってやるためですのよ。
しかし、水神の力を持ってしても、アレクトの屋敷はそれはもう大きくて広くて…
部屋はどこかしら???
ちょっと思いっきり迷ってしまったんですけれども…
こっそり、忍び込んだはいいけれども、彼の部屋が見つからない。
人から見えない姿で忍び込んでいるんで、聞く訳にもいかないし…
仕方が無いので諦めて、水神の特性で水がある所に出現する事に致しましたわ。
そう…水がふんだんにある所…
お風呂場に。幸いお風呂場は大きな物が一つで。この広いお風呂場なら、わたくしも安心して出没出来るというもの。
さぁ、覚悟していらっしゃい。水神の恐ろしさを見せて差し上げますわ。
王族の血筋であるシュルデルト家のお風呂場は広くて気持ちよくて…
もう、目的も忘れて泳ぎまくってしまいましたわ。
ああ、水神の姿って、上半身は人間で、下半身は蛇のように長い鱗の生えた身体で。
6mはありますのよ。
この下半身なら、ギリギリとあの男を締め上げる事も可能ですわね。
さぁ、早くいらっしゃい。ギリギリと締め上げて殺して差し上げますから。
夜になって、目的の男が素っ裸になって風呂場に入ってきましたわ。
それはもう、鍛え上げた逞しい身体で。きゃっ…
まぁわたくしは水神なので、人間の身体なんて興味が…ああ、なんていい筋肉…
それはともかく、わたくしに毒杯を賜った男。
頭からぱっくりと食べてしまいましょうか。
男が湯船につかっている所を背後から忍び寄って、耳まで避けた大口で頭からぱっくりといこうと思いました所、上を向いた男と目があってしまいましたの。
「おや、我が家の風呂場に化け物が…これは珍しい。水神か?」
男は立ち上がると、まじまじとこちらを見てきましたのよ。
「ふむふむ。身体全体は鱗で覆われて、口は耳まで裂け、髪も銀色…
それに性別は、女のようだな。」
「ちょっと、貴方。何冷静に観察しているのよ。わたくしは貴方の毒杯に殺された銀の魚。
貴方を殺しにきたのよ。」
「銀の魚???毒杯といえば、ああ…かっこつけて、水槽に毒を捨てたんだった。」
「かっこつけて??それで死んだわたくしって…」
「死んだという事はお前は幽霊か?怨霊か?」
「ともかく、貴方を殺しに来たのは確かよ。さぁ、観念しなさい。」
「美しい。」
「はい?」
男が飛んでもない事を言ってきたのよ。
男はうっとりした眼差しで。
「ああ…なんて美しい。人の姿には化けられないのか?さぞかし美しい令嬢に化けるのだろう?」
「何故、勝手に美しい令嬢と決めつけているのかしら?」
「ほら、こういう出会いは王家の貴公子と美しい令嬢が出会って、恋に落ちるっていうのが定番だろう?」
「今の状況は全く違うわ。腹黒な男が恐ろしい化け物に復讐されかかっているのが真実だと思うのですけど。」
「物は考えようだ。復讐からは何も生まれない。」
男は素っ裸のまま、力説し始めた。
「そなたは美しいはずだ。どうか人間の姿を見せておくれ。」
「だから、わたくしは…もう仕方がないわね。」
人の姿に化けてあげたら、素っ裸のまま、相手に抱き締められた。
わたくしも勿論、素っ裸なんですけど…
「思った通りだ。何て美しい。銀の髪…私の理想そのものだ。もう逃がさない。
私の伴侶になってくれないか?」
「わたくしは復讐をしに…」
「君は死ななかったのだから私は復讐される必要性を感じない。
君はその美しさを持って、私の伴侶となり、生きて欲しい。」
「あの…貴方様のお名前はなんて言いましたっけ?」
「私か?私の名はアレクト・シュルデルト。王家の血筋だ。今は若くして宰相をしている。
今日はなんて目出度い日だ。君と出会えるなんて。」
「この国の宰相は頭がおかしいのかしら…」
「君の名を教えてくれ。」
「わたくしの名は…銀の魚です。今は水神ですが。」
「それではウオルター。と名付けてあげよう。」
「ウオルターですのね。」
何だか凄く流されまくって、復讐するはずが、妻にされてしまいました。
後に、この国の王太子が国王になりたくないと、外交官になってしまいましたので、
国王の位がアレクトに回って来て、わたくしは王妃になってしまいましたわ。
おかしい…何で?おかしいですわね。
王妃になって一番最初にやった事は、「毒薬」の取り締まりです。
毒薬を持っているだけで、すぐ死刑になるという法律を作りましたのよ。
わたくしの「権限」で。
これで少なくとも、わたくしの仲間達が毒殺されるという危険はなくなると思いますの。
わたくしは「銀の魚」改め、ウオルター。この国の王妃。
今は、まぁまぁ幸せに暮らしております。
「若き宰相は復讐の為に自分を狙った水神にべた惚れする。」これの詳細のお話を書きました。