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もう一度、会いに行ってもいいかな。  作者: 白浜ましろ
第六章 鳥、その道行
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ジルとシオ


 シシィが海街を発った日の夜、ティアが帰って来ることはなかった。

 そして、彼女を探しに慌てた様子で出て行ったフウガも、結局は帰って来なかった。



 精霊の隠れ家。その一階。

 カフェになっている店内でジルは、カウンター席に頬杖を付きながら座っていた。座って待っていた。


 閉店後そのままに出て行ったフウガに代わり、ジルは店内の片付け清掃を済まし、帰って来るフウガ達のために夕飯も作って待っていた。

 なのに、帰って来なかった。

 すっかり冷めてしまった夕飯は、温め直す気力もなく、一人で冷めた夕飯を食べた。

 言い置きもなく返って来ない奴らが悪いんだ。

 夕飯も残しておくものかと、意地で全部平らげた。

 年頃の食欲舐めんなよ、と意地だった。

 味は覚えていない。美味しく作れたとは思うけれども、虚しさだけが舌に広がった。

 そして、カウンター席にて彼らの帰りを待ち、気が付けば朝になっていた。




 海鳥の声で意識が浮上する。

 いつの間にかカウンターに突っ伏し、眠ってしまっていたらしい。

 突っ伏していた身体を起こせば、凝り固まっていた節々が悲鳴を上げる。

 それをゆっくりと解しながら、ジルは紅の瞳を窓へ向けた。


「……朝じゃねぇかよ」


 ジルは普段から頭に巻いているターバン取ると、広がり落ちた銀灰色の髪を掻き上げる。

 フウガとティアに何かあったのだろうか――否、何かがあったのだ。

 一緒に暮らし始め、それなりに年数を重ねてきた。

 その重ねた時の中で、こんなことは一度もなかった。


「精霊の間で何かあったのか……?」


 くしゃりと髪を掻き回す。

 身近な奴らに何かがあっても、精霊でない自分は結局蚊帳の外だ。

 何があったのかさえ、知る事が出来ない。

 掻き回す手が止まり、だらりと力なく垂れ下がる。


「……はっ」


 皮肉げな笑いがもれた。


「あいつらと、俺――だかんな。あいつらの“あいつら”って括りに、俺が含まれることっつーのは、今までもこれからもねぇんだよ」


 何を期待していたのか。

 居心地はいい。想ってくれているのも知っていたから、自分も彼らを想う事が出来る。

 けれども、何かがあった時に何も知らないのでは――何も教えてくれないのならば、待つことすら出来ない。

 ぐっと手を握った。

 それが酷く、もどかしい――。


「魔族の俺じゃ、精霊については首突っ込めねぇかもしんねぇけどよ。けど、心配して待たせてもくれねぇのか――?」


 濡れた声が朝の静けさに包まれたカフェに落ちた。その、時。


「――それ、あんたにも言えたことよ?」


 突としての別の声に、ジルは弾かれたように振り返った。

 いつの間に。振り返った顔がそう告げていたのか、静かにカフェ内へと忍び込んだ三毛猫がすまし顔で答える。


「あら? 音もなく忍ぶのは、猫ちゃんの得意技よ」


 得意げな顔で、尾はひょんと揺れる。

 それを苦々しげに睨み、ジルは吐き捨てるように言葉を継ぐ。


「何しに来た、シオ」


「何しにって……失礼だよね、ジルは」


 尾を高く上げ、シオはジルの元まで歩み寄る。

 そのままシオがジルの足に身を擦り寄せれば、邪魔くさそうに彼はその足を退かしてしまう。

 それにむっとした彼女は、今度は膝に飛び乗ると、彼の顎下に頭を押し付け撫でろとせがむ。

 みゃんと甘く鳴き、ややしてから、観念したジルは嘆息と共にシオを撫で始める。


「んで? 何にしに来たんだよ。お前がここに来んのだって初めてじゃね?」


「あんたに何かあったのかと思って」


 ジルに撫でられながら、シオは彼の顔を見やる。


「ここのところ毎晩だったでしょ? あんたとの逢瀬。なのに……あんた、何も言わないから」


「……逢瀬、じゃねえけど、そんなの俺らの間にはいつものことだったろ」


 胡乱な紅の瞳で見下ろすジルの顔を、シオの尾が輪郭をなぞるように滑った。


「それは――グレイとか、他の魔族も海街に居た頃までの話じゃん」


「……」


 シオを撫でるジルの手が止まる。

 彼の膝上で、きちんと座り直したシオがジルを見上げて。


「今は、あたしとあんたのふたりだけ。……そう、ふたりだけなのよ」


 そこでわざとらしく、シオは大きな大きなため息をつく。

 軽く眉をひそめるジルは、彼女が何を言わんとしているのか、いまいち掴めていない。

 シオの尾が大きく振れたかと思えば。


「……つまりはね、あたしがあんたを心配だったから、ここに来たってこと」


「………………は?」


「あたし、待つのは嫌いなの」


 ゆうらり、尾が魅惑的に揺れる。

 ふとシオの前足が上がり、そのままジルは胸元に重さを感じた。

 そして、ジルの唇をざらりとした感触が舐めた。


「まあ、あんたがここに居て安心したわ」


 カッパー色の瞳にジルの顔を映し、シオは表情を和らげる。

 彼女は彼から身を離すと、楽しげな瞳で彼を見上げた。


「だからさ、あんたも心配しながら待ちたいんなら、訊きに行けばいいじゃない」


 ジルはしばし呆然と膝上の猫を見下ろす。

 だが、当の猫は気が済んだのか、彼の膝上で身を丸めると、満足げな様子で惰眠を貪り始めてしまう。

 その姿すら呆然と見下ろし、ややして、彼は自分の口へ手をあてがう。


「……猫に舐められたこれは、数に入んのか?」


 呆然とした声。

 その声からは戸惑いが微かに顔を覗かせ、膝上の猫の耳が動く。


「お前、わかってんのか……?」


「みゃーん?」


 片目を開けてとぼける猫に、諦めた様子でジルは苦笑した。

 猫が猫のふりをする。


「あんたは猫だもんな」


「みゃんっ」


 ジルの手が猫を撫でる。

 イイ箇所を心得ているその手に、猫は心地良さで喉を鳴らした。

 その姿は猫を撫でる少年のそれであり、それ以上でもそれ以下でもない。


「――近くに在ろうとしてくれんのは、お前だけだな」


「あたしとあんたの仲じゃない」


「そうだな」


 けれども、猫と人だ。

 互いに魔族でも、それは変わらない事実であり、これ以上になることもない。

 猫と人では決して交われないように、それは魔族といえども同じで。

 カタチが同じでなければ、気があろうがなかろうがに関係なく、等しくして一緒にはなれない。

 だから、気付かぬふりをする。


「……あたしたちは、仲間っぽい何かよ。それだけ、それだけのこと」


「そーだな、それだけだ」


 互いに確認するように、噛みしめるように繰り返した。

 外の通りが賑わい始める。

 街も目覚める時間だ。

 そんな、瞬だった。

 ジルは撫でる手にふと違和を感じる。

 撫でるふりをしながら、彼女の体毛を確認していくと。


「――これ、血か……?」


「あれ、落ちてなかった?」


 落ちきれていない様子の血で汚れたシオの体毛を撫で、ふわとジルの鼻先をくすぐった匂い――。


「――……この血、ティアの奴に似てる」


 紅の瞳を見開き、ジルは呆然と呟く。


「ジルの知り合いだった?」


 汚れを落とそうと毛づくろいを始めていたシオがぴたりと動きを止め、ぺろとその口周り舐める。

 そんな彼女を、彼は愕然とした面持ちで見やって、やがて睨み付けた。


「喰ったのか――?」


 低い声が、這う。そこに微かな怒気がはらむ。

 ぱちくりと瞬くのは、シオのカッパー色の瞳。そして、数瞬ののち。


「そんなわけないじゃんかぁっ!!」


 彼女の叫びが、朝のカフェ内に響き渡った。

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