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もう一度、会いに行ってもいいかな。  作者: 白浜ましろ
第三部 第五章 白狼、その道行
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蛇の言


 牙を剥き、低く唸る白狼の碧の瞳は、苛烈な光を宿しヒョオを射抜く。

 薄闇の中にぼやと浮かび上がる碧の瞳は、白狼の気の昂りを示すのか。

 呼応するかのように、空気中に漂う水の気が光を帯び始め、ひんやりとした冷たさが降り落ちた。


「……っ」


 白狼の昂りにあてられてしまったヒョオの仲間らは、萎縮し、もはやその場から動くことが出来ない。

 呼吸すらままならぬ状況で、自分らが飛び込んでも好転しないことは充分に理解していた。

 だから息も詰まりそうな中、ただ静かに身を潜め、この状況見守ることしか出来ない。


 ぐるると唸る白狼の声は、低く地を這い、厳しい顔つきのヒョオをその場に縫い付ける。

 だが、ヒョオが微動だにしないのは、仲間らのように萎縮してしまったからではない。

 ひりつく空気の中、目の前の白狼から感じるのは、敵意を通り越してもはや殺気だ。

 しかしながら、その度合いはまだ生ぬるい。ヒョオを畏怖、萎縮させるには彼は若すぎるのだ。

 それでも、その本気はヒョオにも伝わっている。ゆえに、ここでヒョオが不用意に動けば、白狼の牙は容易くヒョオの身を噛み砕くだろう。

 それだけの力を、目の前の白狼は持っているのだ。

 仲間らがはらはらと見守る中で、ヒョオは冷静に状況を見極めて行く。

 ここまで白狼が荒れる理由は、彼の仲間に意図せずではあるが、危害を与えてしまったから。

 ちらりと白狼の影からリスの姿が垣間見えた。

 あれは――軽く目を見張り、悟る。


『……そうか』


 ぽつと言葉を落とし、ヒョオはゆっくりと立ち上がった。

 途端。白狼の唸る声が一層低くなるも、見上げる形になったヒョオを前に、それも次第に萎んで行く。

 決して、ヒョオのまとう雰囲気に怯んだわけではない。白狼は己にそう言い聞かせる。

 だから、牙を剥いたままなのは、白狼の最後の矜持だ。


『お主らは、精霊の森へ向かう道中だったのだな』


『……だったら、何』


 多分の警戒に染まった、白狼の棘のある声。


『なれば、非は我らにある』


 ヒョオが片手を払う仕草をする。

 その仕草の意味を知る彼の仲間らは、困惑した様子で互いの顔を見やった。


「戻れ」


 今度は険しい眼差しを投げつける。


「主らの役目は我の護衛ぞ。……我ならば問題はないゆえ、説明は後程我からしよう」


 渋々といった様子ではあるが、そこでようやく、彼の仲間らは指示に従い引き下がって行く。

 それを横目で見送り、ヒョオは改めて白狼へ向き直った。


『お主の庇うリス殿は、魂が弱っておる様子。知らなかったとはいえ、すまなんだ』


『……』


『魔族の娘とも何ら理由があるのであろう? それを先に訊ねるべきであった』


 ちらりとジャスミンを見やったヒョオの視線から、白狼は彼女を隠すように身体をずらす。

 警戒する気持ちは未だ彼の中で燻っているも、もうヒョオへ牙を剥いてはいなかった。

 彼の視線が真っ直ぐに白狼へ向けられる。


『して、そこで提案なのだが――』


 そして、伺うような瞳が白狼を見やった。


『……提案って、なに』


 彼がぎこちなく応えれば、うむ、とヒョオはひとつ頷いて。


『我らの事情を明かすゆえ、お主らの事情も明かしてはもらえぬか?』


 瞬きひとつの間でヒョオは男の姿から、淡紅色の鱗を持つ蛇の姿へと転じた。

 その姿を見た白狼の瞳がぱちくりと瞬く。

 風格のあった男の姿からは随分とかけ離れているな、と。

 蛇ならば大蛇くらいの大きさがありそうなのに。

 首にとぐろを巻けそうな、そう、人の世で見たことのある、寒い季節に首へ巻く襟巻き(マフラー)とやらだ。それに丁度よい感じの長さだなと思った。

 すると、蛇の舌がちろりと動いた。

 蛇ゆえに表情は乏しい。が、まとう雰囲気が剣呑なものになる。


『……主、何やら失礼なことを――』


 蛇睨みとはこのことか。

 言い知れぬ蛇の圧に、早々に白狼の尾が股に入り込み、彼はぶんぶんと首を横に激しく振った。


『……話す、よ。僕らの事情は隠すことでもないし、フウガ――シルフ様からも秘密にしろとは言われていないし』


『む。……風の精霊長も関わりがあられるのか』


 乏しいはずの蛇の表情が険しく染まる。

 それにびくっと身体が跳ねる白狼だったが、おずと言葉を付け加える。


『……でも、僕はまだ、あなた達を信用したわけじゃないよ』


『わかっておる。ゆえに、我の提案を受けてくれたこと、礼を言う』


 蛇が頭を低く垂れた。感謝の意だろうかと戸惑えば。


『改めて名乗る。我はヒョオと申す精霊。人の世では騎士隊、調査班に席を置く者である』


 突然の蛇の言に白狼は面食らう。

 あ、そうか。そういえば自分はまだ名乗っていなかったな。

 そう思い至ると、白狼も慌ててベッドから降りて居住まいを正す。

 瞑目ひとつ。息を深く吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 白狼が目を開いた時、彼のまとう空気がしゃんと張ったものになった。


『精霊王が子、シシィ。シルフ様の命により、精霊の森へと向かっているところで……』


 だが、そこでヒョオが弾かれたように顔を上げた。

 突然のことにシシィの身体がびくりと跳ねかけるも、ヒョオはその場で身体を硬直させたままであり、シシィは困惑をしながら彼の目の前で、おーい、と前足を振るのだった。




『う、うむ。すまなんだ。王のお子であったとは……』


 先程よりも気落ちした様子のヒョオに、シシィもまたそっと嘆息をこぼす。

 人の姿へと転じたシシィだったが、獣の耳と尾がそのままなのは、一応の警戒態勢のつもりだ。

 人の姿だと五感も人のそれに近くなってしまう。

 もう少し時を重ねれば、完全な人の姿でも、五感はそれなりに鋭くなるのだろうか。

 ゆえに少しばかり中途半端な姿をしているのだが。


『……』


 既に警戒の色が薄くなってしまっているのは否めない。

 傷付けられたことを許したわけではないが、ヒョオ側にも事情はあるようだし、何より、目の前でこうも気落ちされてしまうと、毒気も抜かれてしまう。


『顔、上げてよ。母上が王ってだけで、僕自身に地位があるわけでもないんだし』


 ましてや、己は次代となる器でもない。

 困ったように笑うシシィの言葉に、俯くヒョオの尾先がぴくと動いた。

 そして、ゆるりと顔を上げるとシシィを据える。


『それは違うぞ』


『何が?』


 眉を軽くひそめて首を傾げるシシィに、ヒョオは諭すように言った。


『シシィ殿の行動は、そのまま王への評価へと繋がる。相手はお主を通し、王をはかっておるのだ』


『はかってる……?』


『うむ。お主の振る舞いが、そのまま王へと還る』


 思ってもいなかった言に、シシィは息苦しさを感じた。


『シルフ様から、精霊王の子として外を見て来いって言われたんだ。それってつまりは……』


『精霊界からは基本的に出られぬ身である王の代わりに、その外の様子を見て参れということであろう』


 ちろと蛇の舌が動く。


『お主は王のお子なのだからの』


 ヒョオのその言葉に、シシィの喉がひゅっと鳴った。

 何処に行っても、誰と会っても付いて回る肩書き――精霊王の子。

 不意にシシィはヒョオから目を逸らす。

 ぱたと振れる尾が、情けなく思えた。


『……僕は次代の器にもなれなかった精霊だよ。そんな僕に、王の子だからって目を向けられても――』


『自惚れるでないぞ、小僧』


 強い声音。そして、小僧。

 その呼称に、碧の瞳が驚きで見開かれる。


『何をいじけておるのかは知らぬが、別の見方をして欲しいのなれば、己で周りに示せ』


 厳しい声音に、思わず視線を向けた。


『己の地位は、己で掴むものだ。お主の立場はお主が決めるのでなく、周りが決めるものゆえ』


 真っ直ぐ見据える蛇の瞳は、揺らぎも陰りも見えない。

 その瞳がシシィにはひどく印象的に映った。


『逃げるでないぞ、小僧よ』

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