表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一度、会いに行ってもいいかな。  作者: 白浜ましろ
第二章 精霊、廻りと育つ想い
30/153

どーして、ヴィーが?


「ヴィー……?」


 驚きと困惑を滲ませたスイレンの声。

 焦燥がにじり上がる。

 ヴィヴィがどうしてここに――?

 彼女は精霊界からは出られぬ身なのだ。

 こんなヒトの街中に居るはずなど。

 だが、己の腰に飛び付いて来た少女の気配は、どう感じ取っても彼女のもの。

 スイレンがヴィヴィの気配を間違えるはずはない。

 困惑ばかりが降り積もる。


「――兄ちゃんは、そのお嬢ちゃんの家族かい……?」


 警戒の色を滲ませた硬い声に、スイレンははっと顔を上げた。

 彼の腰に飛び付いたヴィヴィがぎゅっとしがみつく。

 あやすようにその頭を撫でながら、スイレンは言葉を発する。


「ああ、そうなんです。ずっとこの子を探していて……」


「探していて?」


 男が眉根を寄せた。

 警戒を強める。


「……お嬢ちゃんも、家族を探していると言っていたが?」


 硬い声に緊張もはらむ。


「迷子じゃないとも言っていたが……兄ちゃんは、本当にお嬢ちゃんの家族かい……?」


 周囲の空気が重くなるのを肌で感じる。

 周辺の人々が警戒の色を強めたようだ。

 これは参ったなあとはスイレンの談。

 何だか妙に警戒心を持たれてしまったらしい。

 ぎゅう、と。ヴィヴィがしがみつく腕に力を込めた。

 視線を落とせば。

 戸惑いと少しの怖れをはらんだ瑠璃の瞳。

 それが、おそるおそる周りの様子を伺う。

 スイレンが小さく息を呑んだ。

 彼女の、その瑠璃の瞳が揺れ動いていた。

 何だか少しだけ、泣きそうな雰囲気をまとった瑠璃。

 スイレンの空の瞳が微かに見開いたかと思えば、すぐに自責で眇められる。

 当然と言えば当然だった。

 彼女がこの場に存在するという事実が先立ってしまっていたが、彼女が“外”へ出るのは初めての経験。

 怖れの感情がうまれるのは当然だ。

 どうして早くにそれに辿り着けなかったのか。

 自責の念も相まって、空の瞳に不穏な影が差して、口端もにいと小さく吊り上がった。

 突破しようと思えば、この辺り一体を弾き飛ばすことも出来る。が。

 空の瞳に宿った影がふと和らぐ。

 それは得策でもないし、最善でもない。

 ならば、と。ふうと短な息ひとつ。


「いえ、実は迷子は俺の方で」


 顔を上げたスイレンは苦笑を浮かべた。


「は?」


「スイレン……?」


 呆気をはらんだ男の声と。

 思わず顔を上げてしまったヴィヴィの声が重なる。

 周囲の人々もざわめいた。


「よく迷子になる俺を、この子が迎えに来てくれるのが常で」


 恥ずかしいことに、とはにかんだ顔をする。

 その際、ぽんとヴィヴィの頭に手を置いて、ちらと一瞬彼女を見やる。

 彼女にはそれだけでスイレンの意図が伝わった。


 ――話を合わせて欲しい。


「……あー、お嬢ちゃん……? 兄ちゃんの言ってることは、その……本当なのかい……?」


 怪訝を多分に含んだ男の声がヴィヴィに向けれる。


「…………」


 ヴィヴィはきゅっと口を引き結んだのち、くるりと向き直った。


「はい。それはもぉーっ、苦労をかけさせられています」


 ん? と、小さく首を傾げたのはスイレンだ。

 もぉーっ。というところに、多分な力が入っていた気がするのは、気のせいだろうか。


「ふらりと出かけて行ったのかと思えば、外で楽しみを見つけてなかなか帰って来ませんし……私がどれだけ心配して、寂しかったのかなんて知らずに……」


 言葉尻に近付くにつれ、萎んでいくヴィヴィの声音に。

 男を含め、周囲の人々も彼女に同情めいた目を向ける。

 うると潤んだ瑠璃の瞳が男を見上げた。

 それが決定打だったに違いない。

 しばしその瞳を見つめていた男は、突然がしりとスイレンの肩を掴んだ。

 その力強さに思わずスイレンは顔をしかめる。

 男はスイレンを覗き込むように見ると、うむとひとつ真剣な顔をして頷いた。


「――兄ちゃん。こんな可愛い妹ちゃんに、こんな顔をさせちゃぁーいけねぇーなぁー」


 諭すような、言い聞かすような。そんな声だった。


「……なんか、論点ズレてきてません?」


「いんや、この際それはどぉーでもいーんだ」


 ちらりと男がヴィヴィを見やる。


「妹ちゃん、大事なんだろ?」


「……まあ、それは……はい……」


「じゃあ、心配かけちゃだめだろ? 寂しい思いもさせちゃぁーだめさ」


 うんうんと一人で頷く男に、どこか遠い目をしたスイレンは、諦めの境地で同意を示した。


「――――……はい、そーですね」


「うぉしっ! わかればよろしいっ!」


 ばんばんと叩かれる肩が痛い。

 この男、わりと力がある。

 にかりと笑う彼は、たぶん、悪いヒトではないのだろう。

 だが、何か。何だろうか。形容し難い気持ちになった。

 駄目な兄。みたいな烙印をおされたような。

 いや、俺は兄じゃないけどさ。

 でも、ヴィーが言ってるのは嘘でもない。

 途端に己が駄目な奴に思えてきて、情けない心境にかられる。泣きたくなってきた。

 そんなスイレンの様子を見て、男は彼の胸中を察したのか、どんっと肩を強く叩く。その姿はどこか満足そうだ。


「まあ兄ちゃん、頑張りな」


「………………はい」


 スイレンが項垂れそうになった時、それまで成り行きを見守っていたヴィヴィが口を開いた。


「……あの」


 おずおずと声を上げたヴィヴィへ、周囲の視線が向けられる。

 それにびくりと肩を震わせ、すがるように彼女はスイレンの服の裾を掴んだ。


「ヴィー、どうした?」


 柔らかな声で問うスイレンの声に、ヴィヴィは心底ほっとした表情をして男を見上げる。


「あの」


「ん、なんだい? お嬢ちゃん」


「あの……スイレンなのですが」


「うん」


「スイレンは私の兄ではなく、私のつが――」


 瞬間。もごとヴィヴィは言葉を紡げなかった。

 咄嗟にスイレンが彼女の口をふさいだから。

 そこからのスイレンの動きは早かった。


「じゃ、じゃあ、俺たちはこの辺で……!」


 何事かと驚きで硬直するヴィヴィを抱き上げると。

 そのまま彼は脱兎の如く去って行った。

 残された彼と人々は、目を丸くして首を傾げるだけだった。


「なんだ……?」




   ◇   ◆   ◇




 通りの端。

 一目散に走ったスイレンは、家屋の壁に寄りかかって一息ついた。

 ヴィヴィを抱き上げたままの彼は、すぐ横から聞こえたくぐもった声で彼女の存在を思い出す。


「あ、ごめん」


 さっと手を退けば、ヴィヴィは苦しげに息を吐く。

 数度呼吸を意識して、ようやく落ち着けた。


「……だいじょーぶか?」


 気遣うように見やる空の瞳に、ヴィヴィはこくりと頷き返して、怪訝な瞳を向ける。


「どうしたの……? スイレン」


「どうって?」


「だって、急に私の言葉を遮って走りだすんだもん」


「あー……それね……」


 わかってないだろ、こいつ。

 肩をすくめ、スイレンの顔に呆れが浮かんだ。

 それを雰囲気で察したのか、面白くなさそうに眉をひそめるヴィヴィに、スイレンは小声で忠告する。


「――ヒトの世にはヒトの世の決まりってやつがある。言葉には気を付けるんだ」


 真剣な眼差しの空の瞳をしばらく見つめていたヴィヴィは、やがて、あっと小さく声を上げ、合点がいった顔で頷いた。


「わかりました」


「わかってくれればいーんだ」


 ほっとして、スイレンの表情が緩む。

 が、次のヴィヴィの言葉で慌てることになる。


「番、ではなく、あの場ではスイレンは私の夫と言うべきでしたね」


「……はぁ!?」


 思わず叫ぶ。これは反射だ。

 通りの端とはいえ、人の行き交いはある。

 スイレンから上がった声に、近くを通る人々の好奇な視線が突き刺さる。

 だが、ヴィヴィはそんなスイレンの様子には気付かずに続ける。


「あ、もしかして、私はスイレンの妻と名乗った方がよかったですか?」


 刹那。ざわと周囲がざわめいた――気がした。

 だって、思い出して欲しい。

 スイレンは現在、ヒトの姿をしている。

 それはヴィヴィも同じくで。

 そして、スイレンは青年の姿をとる。

 一方のヴィヴィは少女――それも、顔立ちはあとげなさを残す、幼女寄り。

 となれば――?

 そんなことは考えないヴィヴィは、こてんと首を傾げ、呑気にさらりと結った白の髪を揺らす。

 その顔はどこか沈んだ面持ちだった。


「すみません、スイレン。昔、あなたからヒトの世や言葉のことは聞いていたのに……」


「ちょっと待って、ヴィー」


「ヒトの世では、番のことは夫婦と呼ぶのでしたね」


 反省です、と瑠璃の瞳が落ち込んだように伏せられる。

 けれども、スイレンはそれどころではなかった。

 ひそひそとささやく声が彼の耳に届く。


 ――え、つがい……?


 ――夫婦……?


 ――夫に……妻って……


 ――あの人、まさかそーいう趣味が……それで……


 ――あの子はまさか、拐われてきたとか……?


 詰め所から騎士様を呼んだ方がいいのかとの声も聞こえて。

 スイレンはまたもや脱兎の如く、ヴィヴィを抱えてその場から逃げた出した。

 騎士なんて呼ばれたら、それこそ面倒事でしかない。

 面倒過ぎて全部弾き飛ばすぞ。

 だが、その後の方が余計に面倒事だ。

 だから、逃げるに限る。


「…………俺にそんな趣味はない」


 ヴィヴィは周囲の音に紛れた、そんなスイレンの声を聞き留めたが、意味はよくわからなかった。




   *




 はあと息を弾ませながら、天幕通りを駆け抜けたスイレンは、そのまま細い通りに入った。

 その通りにも小さいながら天幕がいくつかあり、どうやら中に入って休めるようで。

 ちょうど空いていた小さな天幕を見つけ、スイレンは滑り込むように中へと入る。

 石畳の通りに張られた天幕とはいえ、敷物があり座れるようになっていた。

 ちょこんと可愛らしい印象を持った小さな丸テーブルの周りには、ふかふかそうなクッションが囲うように配されている。

 座って談笑を楽しみながら、天幕通りで買った食べ物を持ち寄ったりも出来そうだ。

 落ち着いて話をするには丁度良いかもしれない。

 抱きかかえていたヴィヴィをそっと下ろすと、スイレンもその隣へ腰を下ろして、手頃なクッションを背もたれ代わりに移動させる。

 その様を見た彼女もしばし近くのクッションを見つめ、そろおと手を伸ばして背もたれにしてみた。

 が、何だか座り心地がいまいちな気がして、うーんと小さく首を傾げたところで。

 ひょいとスイレンに抱え上げられて身体が浮いた。

 困惑と戸惑いで瑠璃の瞳がぱちくりと瞬いた頃には、再びすとんと座らせられていた。

 クッションの上に。

 ちらとヴィヴィがスイレンを見上げれば、くすりと彼の空の瞳が笑っていた。

 何だかそれがむずとくすぐったくて、ぱっと目を逸らしてしまう。

 仄かに、頬に熱が灯った。

 けれども同時に、座りやすくなった状況にあたたかな心地に包まれる。


「…………」


「…………」


 それぞれが腰を落ち着けてしばらく。

 遠くの喧騒は聞こえるが、天幕内には沈黙が降り積もる。

 はっきり聞こえるのは互いの息づかいだけ。

 どうしよう。何か言葉を口にした方がいいだろうか。

 ヴィヴィが思案を始めた頃。

 スイレンが丸テーブルに手を組んで置き、ふうと深く息を吐き出した。

 ぴくとヴィヴィの身体が跳ね、瑠璃の瞳がスイレンを見やると、彼の瞳も彼女を見ていた。

 その瞳は真剣な眼差しで、ヴィヴィの背筋も自然と伸びる。

 そんな中でスイレンが口を開いた。


「……ヴィーはどーして、“外”にいるの?」


 精霊王は精霊界の“外”へは出られぬ身。

 精霊界を支える大樹を支る存在が精霊王だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ