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もう一度、会いに行ってもいいかな。  作者: 白浜ましろ
第一章 精霊、まっさらな旅のはじまり
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喚ぶ声(1)


   ◇   ◆   ◇




 さくさくと草地を踏みしめる音が響く。

 辺りは濃霧に包まれ、一歩先はもう見えない。

 濃霧の濃さ。それが“外”への近さを示す、謂わば指標。

 だから、もう間もなくその“外”のはずなのだが。

 その様子はまだなくて。

 ここまで、それなりの距離を歩いている気がしている。

 はあ、と重い息を吐き出して。


『……幼精の位置を把握してれば、そこに転移もできるんだけどなー』


 スイレンはひとりごちた。

 さすがに位置――難しく言えば座標――を把握していない場所への転移は無理だ。

 だが、幼精を通じて座標を認知、把握できれば、その場所への転移も容易で。

 そうすれば、移動も短縮できてあの子に会う時間もとれるのに。

 けれども、長らく“外”へは出ていなかったために、いまいち幼精の位置が掴めないのだ。

 しばらくすればマナが馴染み、把握も容易くなるとは思うのだけれども。

 やはり、定期的に訪れることも大切かと改めて思う。

 もう随分とあの子と夜空を見上げていない。

 ここに来る前のほんの一瞬。あの子の元を訪れ、顔を見せて顔を見てきた。

 決して、行かないで、と口にすることはない。

 いってきますとこちらが言えば、いってらっしゃいと笑顔で見送ってくれる。

 そんな、優しい子なのだ。

 だから、こちらもその優しさに甘えてしまっているのは自覚している。

 けれども――。

 ふっ。スイレンが短く息をついたとき。

 さあと周りの景色が流れた。否、濃霧が払われていく。

 どんよりとした何かをはらむ風が、スイレンの純白の体毛を撫であげる。

 ねっとりと、絡み付くような、舐めあげるような。

 そして、皮膚の下を這うような。

 そんな感触にスイレンは不快を示す。

 不快の色を滲ませた空の瞳が眇められると。

 彼の周辺の大気が震えた。それが余波となり、彼の体毛をなびかせる。

 清浄な空気が周囲に満ちると、そこでようやくほっとすることが出来た。


『これであいつらが近くにいれば、そのうち寄ってくるはず』


 その間に、と。

 ぐるりと周囲を見渡し、そのマナ濃度の濃さに、顔つきが自然と険しくなった。

 やはり。

 茂る枝葉の隙間から空を振り仰ぎ、遠目にそびえる大樹を見上げる。

 スイレンは精霊の森、その奥地へと足を踏み入れていた。

 伸びに伸びた枝は、その身に葉を十分すぎる程に茂らせ、遮られた日は届かない。

 それがより、どんよりとしたそれを際立たせる。

 精霊の森と言えども、彼がいるのは精霊界のその“外”。

 精霊達が住む精霊界と重なるように存在する、もうひとつの精霊の森。

 “外”にある精霊の森。そちらはヒトや動物なども住まう。

 さっと魔力感知を行ったところ、マナ溜まりはかなりの広範囲に及ぶらしい。

 これもやはり。


『……大樹の流れの大半が、ヴィーへ傾いていたからか』


 精霊はその生まれ所以に、ヒトに引き寄せられる傾向がある。

 ここを聖域のような扱いをヒトがするようになってから、彼らはあまり寄り付かなくなった。

 さらにその奥地となれば、一層ヒトなど足を踏み入れないだろう。

 ヒトは精霊を神聖視している節もあるから。

 そうなれば、必然的に精霊の足も遠退く。

 精霊の感覚でも遠い、かつての精霊の森では、この辺りも下位精霊で溢れていた。

 だから、光に満ちていた。それは眩しいくらいに。

 その頃はまだヒトの動きもあったのだ。

 精霊の動きがなければ、マナの動きもなくなり滞る。

 そうなれば、マナが溜まりマナ溜まりとなる。

 精霊の身体はマナで構成されている。謂わば、マナの塊。

 精霊が動くことにより、周囲のマナも動き、循環されるのだ。

 だが、本来なら循環がなくとも、精霊の森でここまでのマナ溜まりにはならないもの。

 ここが精霊の森で、大樹の足元だから。巡りがうまれる。

 マナの循環が自然と行われるはずで。

 それがなされていないのは、大樹が臥せっていた王へ、その大半を分け与えていたから。

 その上、循環が不十分でさらに精霊の動きがなかったから。

 そして、自分が自分に課せられた役目を果たせていなかったから。

 スイレンの空の瞳。それが、悔しそうに歪む。

 そう。スイレンがあの子の優しさに甘えてしまっている理由がここにある。

 これ以上、マナ溜まりが広がるままには出来ない。

 マナ溜まりが広がれば、いつかはヒトの街にまでそれは及ぶだろう。

 ヒトは精霊を隣人と呼ぶ。ならば、精霊はそれに応えなければならない。

 何よりも。

 マナ濃度を保つこと――それが、精霊が精霊としてうまれた際に、かの存在から課されたそれだから――。


『――――』


 吐息。微かな揺らぎがスイレンを思考から引き上げる。


『来たか――』


 彼が言葉を落とした時、ひらりと光の余韻が視界の端を掠めた。

 視線を滑らす。

 線を引くように余韻を残して飛ぶそれは。

 ぐるぐると彼の周りを旋回し、その軌跡が円を描く。

 それがまとう気配からは嬉しさが滲んでおり、その勢いのままにぐるぐると旋回を続けているようで。

 しばしスイレンはそれに付き合うも、だんだんとそのまぶたが下がって半目になる。

 飽いてきたスイレンがくわりと口を開けば、かぷりとそれを捕らえた。


『――――』


 そして。しばし、そのまま。

 静かだった森がざわとざわめき出した頃。

 ようやくスイレンは口を開いた。

 ふよふよとふらつくように出てきたのは、淡い青の小さな蝶。

 光の鱗粉を振りまきながら、蝶はスイレンの頭に降りると、ふうと息をついた雰囲気をまとった。

 それがスイレンのものと重なる。


『久しぶりで嬉しいと感じてくれるのはありがとーだけどさ、少しは落ち着けってー』


 そう言うと、スイレンが周囲に自身のマナを漂わせる。

 すると、彼の頭で休んでいた蝶が、その場で翅を動かし始めた。

 蝶の周囲に微かなマナの流れができ、やがてその流れが落ち着いた頃、けふと蝶が息をもらす。

 満足した風情の蝶は、翅を動かして浮かび上がると、今度はゆっくりとスイレンの周りを旋回する。

 振りまく光の鱗粉が綺麗だなと思いながら、スイレンがすっと片前足を持ち上げると。

 そこに蝶がふいと留まり、静かに翅を動かして久しぶりと挨拶をした。


『ああ、久しぶり。待っててくれて、ありがと』


 いえいえと返すように、翅の動きが少し強くなった。

 この蝶は、スイレンの眷属である妖精のひとつ。

 花の精気が集まってうまれから、蝶の姿を借りている。

 幼い精だから幼精。成長すれば自然霊となる。

 自然霊と精霊。近い存在だが、明確な違いがある。

 マナで身体を構成されている精霊は肉体を持っているのに対して。

 自然霊は精気の集まりであり、肉体を持たない。

 それが大きな違いといえる。

 だが、精霊と自然霊、幼霊は近い存在のためか、精霊の眷属として連なることもある。

 それがスイレンの前足に留まる小さな蝶である。

 花の精気の集まりである蝶は、土の属性を持つ幼精。

 だからか、水の属性を持つスイレンのマナはとても美味しいらしくて。

 気が付けば、スイレンの眷属として連なっていた。


『他のやつらも近くに?』


 スイレンの問いかけに、蝶がふわりと浮かび上がった。

 かと思えば、そのまま何処かへと飛び去っていく。

 それを見送ってしばらく。

 微細なマナの揺らぎを複数感知し、スイレンの耳がぴくりと動いた。

 揺らぎの方向へ振り向くと、先程の蝶が幾数の蝶を引き連れ、こちらへ飛んで来る姿を見つけた。

 おお、わりと居たのか。軽い驚きと共に胸中で呟く。

 眷属となっても、別段制限ができるわけではなく、普段は彼らも好き勝手にしている。

 彼らはマナを好むから、自分達の好きな美味しいマナを求めて、あちらこちらと気ままに飛んで行くのだ。

 幼精にとって、精霊の眷属になることでできる益といえば、己の好きな美味しいマナを存分に味わえることか。

 その証拠がこの光景だろう。

 スイレンが予想したよりも、あの蝶が幾数もの蝶を引き連れて戻ってくるものだから。

 スイレンがひくひくと頬を引つらせて反射的に後退る。

 たらたらとかくはずのない汗をかく感覚を覚えつつ、スイレンが逃走を謀ろうとした時。

 くわりと蝶が牙を向いた、気がした。

 そして、あっという間にスイレンは蝶に呑まれてしまう。

 幼精達が我先にと彼のマナを求めて群がったから。

 びっしりと蝶に覆われ、スイレン自身が見えない。埋もれてしまったようだ。

 幼精にとっても長く感じる時間、彼は“外”へ出てくることはなかった。

 となると、その間はお気に入りのマナを味わえなかったわけで。

 その反動がこの光景なのだろう。

 光景に名を付けるのならば。

 いっただっきまーす。だろうか。


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