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もう一度、会いに行ってもいいかな。  作者: 白浜ましろ
第四部 第七章 精霊、交わる道行
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シシィとニニ(2)


「……せいれいさまはだいじょーぶだった。ににね、ずっとしんぱいしてた」


 そう言って自室へと招き入れたニニは、心底安堵したという表情でシシィを振り返る。


「……心配って、なにが?」


 警戒心を持ちながら、シシィは形だけでもと首を傾げて見せた。

 ニニは部屋の中央部までとててと駆けるなり、ぼすんっとソファに勢いよく座った。

 いつもならエルザに怒られちゃうなと、彼女はご機嫌に笑う。

 何がそんなに楽しいのだろうか。

 ここに招き入れたニニの意図が読めなく、シシィは戸惑いを覚える。


「せいれいさまも、ここすわって」


 ぼふんぼふんとソファで弾むニニが、手招きをしてからラグを指差す。

 廊下のカーペットよりも毛足は長く、ふわふわそうな布地が高級感を漂わせる。


「……いや、僕はここでいいよ」


 気後れから断ると、ニニが目に見えて不機嫌になった。

 まさか自分の申し入れを断わる気なのだろうか。

 信じられないといった表情だった。


「ここ、すわって」


 口を尖らせる様は、幼子だから愛らしく見える。

 だが、彼女はいろんな意味でお嬢様なのだなと、シシィは静かに思った。

 このまま不機嫌になられるのは嫌だなと、渋々ではあるがラグに座ることにした。

 毛足の長いそれは、やはり足裏がぞわぞわとする。

 何とも言えない感覚が表層に出ていたのか、不機嫌増しだったニニがころころと笑った。

 どうやら、機嫌はなおしてくれたらしい。

 彼女はソファから飛び降りると、シシィに飛び付いて寝転がるようにと促す。

 今度はシシィも素直に従ってラグに寝転がると、ニニは彼の横腹へと回り込んでころりと寝転んでしまう。

 これには虚を突かれ、シシィは身体を強張らせた。

 それを肌で感じたのだろうニニが、可笑しそうに小さく笑う。


「ふふっ。えるざにはようをいいつけたの。だから、しばらくはもどってこないよ」


 だから、緊張などする必要はないよ。

 と、言外に伝えたいのだろうが、それは難しいというものだ。

 会って互いに間もないにも関わらず、これだけに急速に距離を詰められてしまえば、疑心もするというもの。

 それをこの幼子はわかっているのかと、シシィは嘆息をそっともらす。

 ニニは警戒をする素振りも見せずに、シシィの柔い体毛に無邪気に頬を埋めている。

 彼女だって、この瞬間にもシシィが牙を剥くかもしれない、とは万が一にも思ってはいないのだろう。

 何とも呑気な顔だ。

 やっぱりお嬢様なんだなと、シシィは呆れにも似た感想を胸中に抱く。


「――ねえ、せいれいさま」


 そんな時、突としてニニがシシィを呼びかけた。

 柔いシシィの体毛に頬を埋めながら、ニニは彼の顔を見上げる。


「ににとむすんで……?」


 シシィの碧の瞳が瞬く。

 言われた言葉の意味をすぐには解せなかった。


「……え? むすんでって、結びのこと……?」


 問い返せば、こくりとニニがゆっくりと頷く。

 途端、シシィの身体が硬直し、一瞬身構えかける。が、ニニの瞳にはある種の欲望は見えなく、すぐに身体から力が抜けた。

 彼女は精霊欲しさにシシィと結びを得たい様子ではなさそうだ。

 この領都は精霊灯を始めとして、精霊を軽んじた扱いが目立つ。

 ゆえの彼なりの警戒であったが、ニニはどこか違う気がする。

 だから、シシィも真摯にニニへ答えを返す。


「ごめんね。僕にはもう、心に決めた子がいるの」


 と言葉にして、はたと碧の瞳が瞬いた。

 あれ、言葉選びを間違えた気がする。

 言い直そうかなとシシィがニニを見やると、彼女の瞳に気落ちの色が滲んでいた。

 伝わっている様子にほっとする。

 しかし、ニニの方は目を伏せてしまう。

 口を引き結び、しばし黙り込んだのちに、もう一度顔を上げた。


「やっぱり、だめ……なの……?」


 諦めきれないという強い意志の色が、ニニの瞳に宿っている。

 碧の瞳に緊張の色が宿る。

 ニニは大丈夫だと思った。それは今も変わらない。

 それでも、食い下がってくる様子の彼女に、警戒の色が滲み始める。

 目的はなんだ。やはり精霊を、自分を欲しているのか。

 そんな欲望はニニからは窺えなかったし、今も感じられない。

 けれども、ただのお嬢様のわがまま、と片付けるには意志が強い気がする。

 ニニの思惑が読めない。

 じり、とシシィがゆっくり後ずさる。

 シシィの様子の変化に気付いたニニが、引き留めようと、すがるようにして慌てて手を伸ばす。

 だが、その前にシシィが大きく飛び退る。

 険の宿る鋭い瞳がニニを睨んだ。

 完全にシシィへもたれていたニニは、支えを失ったことで倒れ込む。

 ラグ上だったこともあって身体を打ち付けることはなかったが、身体を起こした際に、シシィの険の宿った瞳に身をすくませた。

 ひくりと息を呑み、初めて向けられる敵意に涙が滲む。

 無意識にエルザを探したが、自分が追い出したことを思い出して、涙が溢れた。

 うわあんと感情のままに泣き叫べたら楽だったろうに、それでも、ニニは自分の立場を知っている。

 ここで泣き叫べば、騒ぎとなり、部屋に私兵らが入ってくるだろう。

 そうすると、シシィの存在が知られてしまうかもしれない。

 それは避けたかった。


「……にに、せいれいさまを、まもりたいの……」


 ぽつりと語り始める。


「……おにいさまと、おばばさま……ににがしらないとこで、わかんないことしてる……」


 それはたぶん、褒められることではなくて。


「……せいれいさまも、おにいさまたちにみつかったら、だめなの……。だから、ににとむすんでたら、なにもされない……」


 兄も老狼も、とてもニニを大切にしてくれている。

 だから、そんなニニと結んだ精霊ならば、他の精霊のように、どこかへ連れて行くことはしないだろう。

 そう思った。


「……だから、僕と結びたいって言ったんだね」


 穏やかなシシィの声に、ニニはこくりと小さく頷いた。

 そして、溢れた出てきた涙のせいか、ニニは静かにしゃくりあげ始める。

 それに慌てたのはシシィだ。

 飛び退った分を慌てて詰め、俯くニニの顔を覗き込む。


「ああああ、どうしよ。泣かないで。……君の気持ちには応えられないけど、君のその精霊を想ってくれる気持ちは嬉しいよ」


 涙の溢れたニニの瞳が、のろのろとシシィを見上げる。


「だから、ね? 泣かないでよ。僕、どうすればいいのかわかんないよ」


 おろおろと泳ぐ碧の瞳。

 それが困り果てた様子でニニを見る。

 先程の敵意に満ちた瞳はなく、あたたかみのある瞳に安堵して、ニニは一気に顔をくしゃりとさせた。

 求めるように幼子の小さな手がシシィへ伸ばされ、顔を柔い体毛へと埋める。

 シシィの身体が硬直するのも構わず、ニニはぐりぐりと顔を押し付けた。

 泣き声はくぐもり、室内には響かない。

 これなら、部屋の外にも聞こえないし、大丈夫だろう。

 そう思うと、ニニはもう泣き止むことが出来なかった。

 怖かったのだから仕方ないのだ。

 そう自分に言い聞かせ、ニニは思いっきり泣いてやる。

 シシィはそんな彼女を見下ろして。


「ええ……どーしよぉ……」


 情けない声をもらすのだった。




   ◇   ◆   ◇




「――い。おい、君」


 誰かの声に意識が浮上する。

 のそりと身体を起こし、あちこちに打たれたような痛みを感じ、いてて、と思わず声をもらした。

 銀灰色の髪を苛立ちに任せて掻き上げ、その頭に普段から巻いているターバンがないことに気付く。


「……あれ、どっかで落としちまったか」


 薄暗い中、紅の瞳が不機嫌に瞬いた。

 しぱしぱと数度瞬く間に、暗がりに慣れてきた目に格子が映り込む。


「――って、は……? 檻……? なに俺、囚われの身ってやつ?」


 手を伸ばし、格子を掴む。

 意味もなくがたがたと揺すってみるも、当たり前のようにびくともしない。


「……なんで」


 紅の瞳を細め、記憶を手繰る。

 もやのかかったようなそれが、次第にはっきりとしてきて。


「……ああ、そうだ。俺、なんか知らねぇ奴らに捕まったんだ」


 軽くかぶりを振る。

 まずは落ち着こうかと、その場にどかりと腰を落着けた時だった。


「――君、僕の声が聞こえてるかい?」


 隣の檻から声がした。

 あぐらをかいたままに振り向く。


「……誰」


「ああ、やっと返事が返ってきたよ」


 その相手はやれやれと息をつく。


「不本意だが、今はクッションと名乗っておこうかな」


「……は?」


 隣の相手はふざけているのか。思わず顔をしかめる。


「仕方ないだろう。僕は名も持たない野良だったのだから、今は同檻の彼から呼ばれる呼び名しかないのさ。だから、今はそう呼んでもらって構わない」


 呼んでもらって構わないとは、随分と気位のある物言いだな。

 それなのに、その呼び名がクッションとは――どこから突っ込めばいいのやら。

 呆気に取られ、どう反応を返すべきなのかがわからなかった。


「そういう君は、どうなんだい?」


「どう、って……」


「名はあるのかい? 見たところ人の成りはしているようだが、君、魔族なのだろう?」


 紅の瞳に警戒の色が滲む。


「ああ、そう警戒はしないでくれたまえ。なに、簡単な話だよ。ここに連れてこられた連中は、僕を含め、皆が魔族だからさ」


「……魔族、だって?」


「そう。そうして、オドを搾られるのさ。――精霊とやらを操るために」


 精霊。その単語に、紅の瞳が大きく見開かれた。


「――ちょっと待てよ、精霊……?」


 瞳が泳ぐのは動揺。

 意図せず、彼らの事情に首を突っ込んだ形になってしまったのか。

 あれだけ彼女に――ティアに気を付けてと言われていたのに。

 伏せた視線。それがのろのろと、クッションと名乗った彼へ向けられた。

 視線を受けた彼は、なんだいとでも言うように首を傾げる。

 さらりと土色の柔っこそうな体毛が揺れた。


「――俺は、ジルだ。なあ、その話……詳しく聞かせてくれねぇか……?」


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