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もう一度、会いに行ってもいいかな。  作者: 白浜ましろ
第四部 第七章 精霊、交わる道行
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シシィとニニ(1)


 白狼のシシィと幼子。

 互いに首を傾げる状況下に、シシィははっと思い出す。


「って、僕って今、認識阻害を働かせてなかった……?」


 今度は困惑の意味で首を傾げた。


「君、それでも僕のことに気づいたってこと?」


 シシィが問いかけると、幼子には意味がわからなかったようで、彼女もまた不思議そうに首を傾げるのだった。

 またもや同じ状況下。微風が小さく吹き抜け、下草を控えめに揺らす。

 しばしの沈黙。が、ふいにシシィの両の耳が立ち上がった。


「お嬢様ーっ!」


 遠くから誰かを呼ぶ声。

 視線を投げれば、必死にこちらへ駆けて来る人の姿が目に映った。

 シシィの身体が緊張で強張る。

 ややして追いついて来たその人を、幼子は鬱陶しそうな表情をしながら振り返った。


「ににはだいじょーぶって、そういったじゃん」


「大丈夫ではありません。勝手に駆けて行くのはお止めください」


 幼子、ニニを追いかけて来たらしいその人は、騎士服を着た若い女だった。

 女性にしては珍しい短髪の髪型は、動きやすさを重視したものだろうか。

 自身も駆けて来ただろうに、息に乱れがないのは、さすが騎士というべきか。

 ニニと目線を合わせるために彼女は膝を折り曲げると、苦言を呈するように顔をしかめる。

 彼女の腰元では、帯剣するそれが鳴る。


「それに、屋敷の敷地外へ出る際は精霊灯をお持ちください。兄君様も仰られていたではありませんか」


 ニニへ見せるように女騎士は鳥籠を持ち上げる。

 籠の中では光の粒が踊っていた。

 やはりあれも模型ではなく、精霊のそれだ。

 シシィの瞳に嫌悪が滲む。

 が、瞳に嫌悪を滲ませたのはシシィだけではなかった。


「……にに、せいれいとうはすきじゃないもん。いらないよ」


 ニニはふるふると首を横に振ると、視界に入れたくないとばかりに顔を背ける。


「いらない、ではなく、必要なのです。おばば様がお側にいらっしゃる際には必要なくとも、人が単身で領都外れに出る際に、精霊灯は欠かすことができないのですよ、お嬢様」


 それがこの領地に暮らす人々の常識なのだ。

 だが、ニニは頑なで首を横に振る。


「いらない。だいじょーぶだもん。このあたりは、いまはだいじょーぶだもん」


「確かにこの辺りまでならば、精霊灯が改良されたおかげもあってか、マナもさして濃くはありませんが――」


「それは、せいれいとうがよくなったおかげじゃないよ」


「……お嬢様」


 拒む色をニニの瞳に認め、女騎士は諦めの嘆息をもらした。


「……わかりました。この辺りを散歩するくらいならば、精霊灯をお持ちするようにとは無理に言いません」


 ぱあとニニの顔が輝く。


「ですが、先程のように、勝手に駆けて行くのはお控えくださいませ」


「それは、ににがわるかったもん。わかってる。……えるざがおにいさまにおしかりをうけるのは、にに、いやだもん」


「このエルザのことをおもんぱかってくださり、ありがとうございます。次から気をつけてくださいますね?」


 女騎士、エルザが優しく問えば、ニニはこくりと頷く。

 すっかりしゅんと沈んでしまった彼女に、エルザは小さく苦笑をもらした。


「それでは、お屋敷の方へ戻りましょう」


 すっくと立ち上がり、ニニヘ手を差し伸べる。

 ニニはおずとエルザの手を掴むと、彼女に手を引かれながら屋敷へと戻って行く。

 その間、エルザはシシィに気付いた様子はなく、やはり認識阻害は働いてるのだとシシィはそっと安堵した。

 しかし、すぐに訝る。


『……てことは、あの女の子は認識阻害を通り抜けて、僕を見つけたってことなの?』


 ニニは感覚が敏いのかもしれない。

 それに、彼女は先程、エルザが精霊灯が改良されたおかげという言に、精霊灯がよくなったわけではないと反論をもらした。

 それはもしかして、ニニは気付いているというのだろうか。

 少なくとも、今の精霊灯は模型ではなくて精霊そのものを行使した灯だと。

 だとすると、ニニの感性は鋭いということだ。


『――ニニ、か』


 遠ざかって行く彼女達を意味深けに見ていたら、エルザに手を引かれるニニがシシィの方を振り返る。

 何だろうと首を傾げると、ニニは必死に何かを訴えるように、小さな口をぱくぱくと動かす。

 けれども、ニニはエルザに伴われて屋敷の奥へと消えてしまったために、何をそんなに伝えたかったのかは読み取れなかった。

 そして、その場に残されたのは、さらさらと流れる小川の音とシシィだけ。

 静寂の間を埋めるように、微風が弱々しく吹き抜けて行った。


『……ついてきてって、どういうこと……?』


 シシィの声は多分の困惑で揺れる。

 ついてきて。読み取れたのはそれだけだった。




   *




『……ここって、一応は物語的に言うなら、敵地ってことにならない……?』


 それなのに、こうしてのこのこと無策で乗り込む無謀さには、我ながらほとほと呆れる。


『……いやいや、無策ではないじゃん。屋敷に忍び込む前に、合流したばななにちゃんと状況は伝えたもん』


 その上で乗り込んだのだ。

 無策であっても、無謀ではない。

 屋敷の廊下。質の良いカーペットの敷かれた廊下は、踏みなれない毛足の感覚にぞわぞわとする。

 角を曲がる。屋敷の内部、間取りなど知らないはずなのに、不思議とニニの居場所はわかる気がする。

 足取りは迷うことはなく屋敷を歩き進む。


『ばななはもう少し町の情報を集めるって言ってた。フウガさん達が来た時のためってことだけど――』


 ふとシシィの足が止まった。

 その横を屋敷の使用人が通るも、認識阻害によって彼の存在には気付かなかった。


『……でもそれって、ばななが情報をフウガさん達に渡したところで、人の世の干渉が出来る建前の情報にはなり得ないんじゃ――?』


 何故だろうか。すごく悪寒のような、心地の悪いものが胸中にどろりとする。


『人の世に干渉する建前の情報って、まさか……僕とルゥ――?』


 嫌な予感がした。

 シシィの目的は、ティアのもとに行くことを一番の目的としている。

 違和は始めから抱いていたのかもしれない。

 町に辿り着いた途端、ティアのもとまで案内出来ると言っていたばななは、情報を集めるためだと言って別れた。

 その時に首を傾げはしても、確かにそれも必要かと思い直した。

 だが、その情報集めがシシィの行動のある種の監視だとしたら。


『――僕がこうして屋敷に足を踏み入れたっていうのに、ルゥのところまで案内するそぶりがなかったのも頷ける……かも』


 もしかしなくとも、利用されている――?

 いや、それどころか上手く使われている気さえしている。

 だって己は、精霊王の子なのだから。

 王の子が危険に晒されているというものは、十分に干渉し得る建前だ。


『――要するに僕は駒ってわけか』


 無意識下で声が低くなる。

 冷めた碧の瞳は前を見据え、シシィは再び廊下を歩き始める。

 急速に心が冷えてきたのは、ひとつの事実に行き着いてしまったから。


『……ルゥは自分の意志で捕まったんじゃない。たぶん、使われたんだ』


 彼女は、風の大精霊シルフの姪。

 近いようで遠い立ち位置。

 駒には使いやすいだろう。




 鬱屈したような気持ちを抱えながら、シシィは気配を辿ってひとつの部屋の前に行き着いた。

 部屋へと続くだろうその扉は、シシィが見たこともない程に大きかった。

 思わず見上げてしまうくらいには高く、扉自体も重厚感があって意匠も立派だ。

 どこか古めかしいのもまた、歴史を感じさせる。


『……これがお屋敷の扉』


 ため息のようなものがもれたのは、感嘆のためか、気後れのためか。

 しばし、シシィはその場に立ち尽くした。

 さて、どうやって部屋に入ればいいのか。

 使用人や私兵の出入りに合わせ、要人の居室だろう棟のエントランスを通り抜け、この部屋の前まで辿り着いた。

 要人の居室が集まっているだけあって、警護だろう私兵や使用人の出入りはそれなりにある。

 シシィは認識阻害の働きをまとっているゆえに、一応はこの場に存在していないことになっている。

 それなのに、ひとりでに扉が開いてしまえば、ちょっとした騒ぎになってしまうだろうことは容易に想像が出来る。


『……困ったな』


 と、シシィが途方に暮れかけたときだった。

 目の前の扉が重厚な音を響かせて開く。

 部屋から出てきたのはエルザだった。

 エルザは部屋を振り向き、部屋に残るだろう誰かへ言い聞かせるような口調で言葉を発す。


「いいですか、お嬢様。このエルザのことを想ってくださるのならば、いつかのように、勝手にお部屋を抜け出さないでくださいね。でなければ、兄君である若様にお叱りを受けて――」


「わかってる。にに、ぬけださないもん」


「いいえ、そう仰って以前――」


「いいからっ! もう、えるざしつこいっ!」


 そう言って中の誰か――ニニはエルザの背を押しやって追い出しにかかった。

 そうなってしまえば、エルザは従うしかなく、彼女はあからさまな諦めの嘆息をもらしたあと、渋々といった様子で部屋を辞していく。

 それをニニはやれやれといった体で見送り、不意にシシィの方へ振り返った。

 振り向かれたシシィの身体が驚きで跳ねると、ニニは一瞬目を見張って。


「にに、せいれいさまをまってたの」


 表情を緩めると、どこかほっとした様子で彼を部屋へと招き入れた。

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