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もう一度、会いに行ってもいいかな。  作者: 白浜ましろ
第一章 精霊、まっさらな旅のはじまり
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なんで、いっちゃうんだろうね


 夜空に瞬く星。

 シシィはいつものように、身を丸めた父の懐を背に、ごろりと仰向けに寝転んだ。


『ちちうえっ!』


 弾む声で父を呼べば、ん、と父はいつものようにこちらを向く。


『今日は何を見つけたのかな?』


『あのね、ちちうえ』


『うん』


 あのねあのね、と。

 少しだけ興奮気味の幼子の言葉にスイレンは耳を傾ける。


『あのおほしさまと、あのおほしさまと。あ、それからあのおほしさまと――』


 あの、と言葉で示しながら。

 幼子は小さな前足で、夜空に瞬く星々を指し示していく。


『――で、おほしさまたちをこうやってむすぶと』


 小さな前足で宙に線を描く。


『ちあのおきにいりのきになるっ!』


『ティアちゃんのお気に入りの木座?』


『そうっ! ちあのおきにいりのきざっ!』


 ふんすっと満足そうな笑顔を浮かべるシシィ。

 そうか。木、か。

 少々我が子の感性が独特な気もしたが、スイレンはあまり気にしないことにした。

 だって、この子が楽しそうだから。

 この子が楽しいのならば、それでいいのだ。

 スイレンの目元が和む。

 と。そこで、むっとした顔で見上げてくるシシィに気付く。


『ちちうえ、ぼくのせいざみてなかったでしょ』


『いーや、ちゃんと見てたよ』


『おそらみてない』


『見てなくても、シシィが宙に描いた星座を見てた』


 むう、と。シシィは碧の瞳を吊り上げる。

 けれども、スイレンはくっくっと喉奥で笑うだけで。

 不貞腐れたように視線を逸したのはシシィだった。


『もう、ちちうえはいつもそーなんだから』


 今夜もシシィが折れる結果となる。

 なんてことだ、全敗だ。

 ある意味、諦めの境地に入っている。


『父上は、その日に見つけた星座の話をするシシィを見るのが、好きなんだよ』


『なんで?』


 そんなものを見ても楽しくはないだろうに。

 くいっと軽く首を傾げる。

 すると、父が小さく笑った。


『きらきらしてるから』


『?』


 父の返答がわからない。

 ぐっとシシィの眉間にしわがよる。

 そしたら、父の笑みが深くなった。

 と思えば、彼の顔が近付いてきて。

 うりうり、と。

 額と額が重なって、うりうりと擦り合わせてくる。


『うりゃー』


 かけ声と共に、それが激しくなって。


『ちょっと、ちちうえー。くすぐったいよぉー』


 そのくすぐったさに、きゃっきゃっとシシィからは笑い声がもれた。

 しばらくそのうりうりは続いて。

 笑い疲れなのか、シシィが軽く息を切らし始めた頃。

 ようやく、スイレンはそれを止めた。


『……ちちうえ?』


 はっはっと軽く息を弾ませながら、シシィは訝しげにスイレンを呼ぶ。

 空の瞳と、碧の瞳。その視線が交わり、しばし互いに見つめた。


『……ちち、うえ?』


 戸惑い気味に、もう一度シシィはスイレンを呼ぶと。

 空の瞳が瞬き、碧の瞳をしかと据えた。

 そこに滲む真剣な色がシシィに伝わって。

 彼の身体は少しばかり緊張に縛られる。


『――シシィ、大事な話があるんだ』


 その後に続く父の言葉に、碧の瞳が小さく震えた。




   ◇   ◆   ◇




『――ねえ、チチィ?』


『なーに、ちあ?』


 一羽と一匹。隣り合って腰を落ち着けるシシィとティアが視線を向ける先。

 少し離れたところに二羽の鳥と一匹の狼の姿。

 彼らは何やら話し込んでいる様子で。


『チチィのパパは、あたちのママとパパに何を話ちてるのかちら。チチィはちってる?』


 首を傾げて隣のシシィを見やる。

 それにちらと一瞥してからシシィは答えた。


『たいせつなおやくめがあるんだってー』


 その声はどこか投げやりで。


『チチィ?』


 不思議に思ったティアが呼びかけるも、彼に反応はない。

 ぼんやりと遠くを眺めやるだけだ。

 ティアが彼の視線の先を追ってみれば。

 シシィの父が、ティアの両親にぺこりと頭を下げているところだった。

 何かを頼み込んだのだろうか。

 疑問を感じてティアが小さく首を傾げたとき。

 シシィの父がくるりと振り返り、こちらへ歩いてくる。

 話はどうやら終わったようだ。と、その時。


『……なんで、いっちゃうんだろうね』


 ぼそり、と。

 隣から呟きが聞こえた。

 風にとけてしまいそうな程のささやきだった。

 けれども、それは確かにティアの耳には届いた。


『……チチィ?』


 もう一度。彼を呼んだ。

 そうしたら。


『ん、なに?』


 今度は返答があった。

 だから。

 続けて先程の呟きを問おうと思った。

 しかし。


『シシィ』


 シシィを呼ぶスイレンの声に。

 ティアはその言葉を飲み込んだ。


『父上、行ってくるな』


『うん、いってらっしゃーい』


 言葉を投げ、そのまま目の前を過ぎていくスイレンを、シシィは笑顔で見送る。

 が。スイレンがぴたりと足を止めて振り返った。

 一旦戻って来たかと思えば、シシィの方へ屈み、彼と額を重ね合わせる。

 うりうり、と。


『ち、ちちうえーっ』


 戸惑う声がシシィからもれた。

 しばらくうりうりを繰り返し、スイレンはひたとシシィと目を合わせた。

 一瞬だけ、スイレンの空の瞳が揺れ動いたのをティアは見た。

 けれども、それは瞬きひとつで掻き消える。


『じゃ、行ってくるな』


 こつんと額を軽くぶつけてスイレンが顔を上げたとき、ちらとティアの方を見た。

 一瞬交わる視線。

 よろしく、とシシィをお願いされた気がした。

 だからティアは、こくんと小さく頷いてみせる。

 たぶん伝わったのだろう。

 スイレンがふっと淡く微笑んだ。

 そして彼は、今度こそ行ってしまった。

 くるりと背を向け去って行くその姿を。

 シシィはティアの隣でしばらく見続けていた。

 見えなくなっても、しばらく。

 ティアがシシィをちらりと見上げる。でも、何も言えなくて。

 そっと、ティアは彼の方へ身を寄せた。

 触れた瞬間、彼の身体がぴくりと反応して。

 そして。とっ、と。彼は軽く体重をティアの方へ預けて寄りかかる。

 触れ合う箇所がほんのりとあたたかかった。


――……なんで、いっちゃうんだろうね


 シシィがぼそりとこぼした言葉。

 それがティアの中で木霊する。

 その感情には覚えがある。ような、気がする。

 否。感じたのは彼女ではない。けれども、確かに彼女だった。

 だから、“ティア”は知っている。

 その言葉は――行かないで。と。

 そう、言うことを。


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