第二話 あなたに
此処は王城にあるエマの部屋。
長方形の広々とした部屋でベランダ付き。
置いてある物が少なくて綺麗に整理されている。
俺達以外誰もいない部屋。
つまり二人っきりだ。
部屋に甘い空気が流れる。
俺の隣にエマが座った。
目と目が合うとエマが目を閉じて俺はキスをする。
俺はエマのキスが大好きだ。
部屋の外は誰もいない。
衛兵は見回りで忙しい。
身の回りの世話をするメイドもエマが適当に出払った。
二人きりで会っていることが王城の人にバレたら、俺はきっと殺されてしまうだろう。
この甘い雰囲気に呑まれながら、異変に気付けたのも騎士としての経験の賜物だろう。
「アーベル・サンチェス副騎士長だな?」
気付けば、異様なものが立っていた。
銀色の胸当てと背中に長剣を背負い、その下は黒いタイツに全身を包まれている。性別は男だ。顔は猫を模した仮面を被って見えない。
名前を呼ばれたが俺はこんな異様な男を知らない。
この男はどこから侵入した?
王国の衛兵達は何をしていた?
仮面の男Aは名乗る。
「私はオプライトス王国の暗部組織『夜猫』の一人。王国に仇なす敵を討つ牙」
夜猫と聞いたエマは顔を真っ青に染めた。
王国の副騎士長でもそんな組織の名前は知らない。
確かなことは男から発せられる殺気だ。
とてつもない殺気をぶつけられ俺は剣を抜いた。
どちらともなく始まる剣戟。
男の剣技は俺の剣技と同等か、それ以上だ。
「イヤ! 触らないで!」
「ッ!? エマを離せ!」
見るとエマがもう一人の仮面の男Bに捕まった。
「お前らの目的はなんだ!」
「王国の安寧。嫁ぐ前に姫は清いままでいてもらわなければならない。お前は死ね」
「抵抗しないから、エマを離せ!」
「ダメだ。お前が死ねば離そう」
仮面の男Aはそう告げた。
俺に死ねと言ってきた。
それっきり冷静にこちらを伺っている。
先程からエマを連れて逃げようと窺うが、隙が見当たらない。
死ぬつもりはないが、選択肢がない。
俺は剣を放り投げて、床に膝をついた。
仮面の男は剣を構える。
目がチカチカし、脳が早く回転する。
俺はこれから起こることを思い出した。
俺は最後、エマを殺され、俺もその後に死ぬ。
今度は必ず、エマを守るんだ!
「王国の為だ、アーベル・サンチェス。死ね」
「ハアアアァァアあああ!」
「!?」
俺は仮面の男A の懐に飛び込んだ。
身体ごと飛び込んだせいで肩に刃が食い込むが無我夢中だった。
俺はエマを絶対に守るという意志だけで身体に力を入れて仮面の男Aを拘束しようとする。
仮面の男Aは剣の柄 を握る手に力を入れると刃がズブズブと音を立てて大量の鮮血を迸らせた。
俺が苦悶の表情を浮かべたのを見て、仮面の男Aはさらに力を込めた。
骨と神経が斬られ、腕が今にも千切れそうだった。
背後でドタドタと揉み合う音が聞こえた。
「グハッ、お待ち下さい! 姫様!」
仮面の男Bが突如暴れて逃げ出したエマの肘鉄を喰らい蹲った。
エマは俺が放り投げた剣を掴むと自分の喉元に刃を立てた。
「アルを離しなさい! これ以上、アルを傷つけないで!」
「エマ、俺のことはいいから逃げろ!」
「アルを離すのが先よ! じゃなきゃーーー」
「やめ……ッ」
エマは苦悶に歪んだ俺の顔を見た瞬間。
「あーーー」
グジュっと剣先がエマのか細い首を一突きした。
エマは身体をビクンビクンと痙攣させて、その場に倒れ伏した。
「エマが……死んだ?」
エマの下に駆け寄り、優しく抱き起こした。
エマは大量の血を床に吐き出す。傷跡からダラダラと血を流し続ける。腕の中のエマは冷たくなっていく。命の灯火が消えていく。
エマは俺の頬に手を当てて、笑った。
俺は泣きながら笑い返したつもりだ。
「………、に…、……たぁ…」
「エマ! お前、なんで…」
俺ははっきりと聞こえた。
エマはこう言ったんだ。
あなたに出会えて良かったーーーと。
エマは力なくぱたりと床に伏せた。
確実に今、死んだ。
俺は頭が真っ白になり、怒りと悲しみで顔中を涙に濡らした。
「あ、あぁ、あああぁぁああおおああ!!」
「こうなれば仕方がない。アーベル・サンチェスも殺して、上に報告するぞ」
「この件は闇に葬る。誰にも口外させてはいけない」
「許さないッ! エマを殺したお前らを俺は絶対に許さない!」
「殺せ!」
俺はエマの血で濡れた長剣を手に取った。
「グッハァっ!?」
仮面の男Bが俺に右腕を切り落とされて下がる。
傷だらけの俺に限界がきた。
血を流し過ぎて視界がぼんやりする。
ふらついた足元のせいで身体が床に倒れた。
「アーベル・サンチェス副騎士長。死ね」
最後に映った光景は、仮面の男Aの剣が俺の頭を貫いたとこまでだった。