夏合宿 【月夜譚No.25】
今日から地獄の合宿の始まりだ。これから一ヶ月近く、焼けるような猛暑の中で特訓をすることになる。
それがどれだけ大変なことか、始まる前から予想はついている。それでもやると決めたのは自分なのだから、どんなに苦しくてもやり切ってみせるつもりだ。
改めて意思を固めた彼が二両しかない電車から駅に降り立つと、うわんと耳に音が流れ込んできた。姿は全く見えないのに、幾重にも折り重なった声は波のように押し寄せてくる。まるで蝉も暑いと悲鳴を上げているようだ。
彼の背後から追い抜いた青年が、彼の肩を叩いて改札鋏を持った駅員の方へ歩いていく。
青年は長身だが、体躯は大きくはない。手足は細く、肌が白いことも相まって、ともすれば女性に間違われることも少なくないという。
だが、性格は典型的な男性気質だ。細腕でありながら割と力もあるし、見かけに任せて甘くみていると痛い目を見る。
青年と初めて会った時のことを思い出した彼は苦い顔をして、師と仰ぐ背を追った。