気持ち
扉がノックされ、エマさんの声がした。
「ユウキ君、いますか?」
「はい!
今行きます!」
急いで叫び、グレイスを布団に隠して扉を開けに行く。
両手に荷物を抱えているエマさんが扉の前にいた。
「すみませんが、予定が変わりました。
ルドルフとグレイスさんと3人で行ってください。」
そう言って荷物を俺の腕にのせるエマさん。
「わかりましたかー?」
家の中にいる誰かに聞くように叫ぶエマさん。
「え、姉はどうなるんですか?」
エマさんはため息をついて小声でささやいた。
「今の状態では旅は不可能だと思いますので私とこの町に残ります。」
「嫌です。」
荷物を下に置いて家を飛び出す。
「待ってください。」
足が凍り付いて勢い余りその場で転ぶ。
「今オリビアはあなたに会いたくないと思いますが?」
両手を地面について仰向けになる。
「そんなの知りません。
俺には姉が必要です。」
寝転がったままエマさんの目を見て言う。
「もう知りません。」
そう言って魔法を解いたエマさんは家の中に入っていった。
全速力で町の中を走ってエマさんの家に向かう。
ノックもせず中に入って、寝室の扉の前に立つ。
「オリ姉、入るよ。」
そう言って返事を待たずに扉を開ける。
ベッドで寝ている姉の横に立ち顔を背けている姉に話しかける。
「行かないの?」
姉はこちらを向くことはなく、まったく動かない。
姉の上に馬乗りになって目を合わせる。
真っ赤な目でこちらを見る姉の目からは涙が流れていた。
「来ないで。」
鼻声で呟く姉を無視して目を見つめる。
「来ないでって言ってるでしょ!!」
姉が俺を突き飛ばすが、力がこもっていなかったようで、びくともしない。
姉は驚いた顔で自身の手を見ていた。
両手で姉の手頸を掴み、姉を抑える。
「やめてよ!」
姉は暴れだすが、魔法を使っていないようで、力がこもっていなかった。
「なんで何も言わないのよ!?
弟が好きな姉なんて気持ち悪いでしょう!?」
暴れながら叫ぶ姉を何も言わずに見つめる。
「もう離してよ・・・」
姉が抵抗をやめて動きを止める。
「別に気持ち悪くなんてない。」
静かになった姉から手を離しながらつぶやく。
「俺だって、いつもきれいなオリビアに見惚れていたし、それと同じ様なものでしょ?」
姉は目から涙を流しながら口を開く。
「私は・・あなたが・・好き・・私は・・本当は・・」
「オリビア!」
姉の話しを遮るようにエマさんが姉の名前を叫ぶ。
姉の顔が恐怖に染められる。
「ごめんなさい・・」
震えながらそう呟いた姉を心配して姉の上から降りて抱きしめようとすると、エマさんがもう一度叫ぶ。
「ユウキ君、出ていきなさい。」
その声はいつもの優しい声とは違ってとても圧力があった。
「ちょっと、オリ姉は」
反論しようとするが、エマさんは怖い顔でもう一度叫ぶ。
「いいから出てなさい!」
エマさんを睨みながら部屋から出る。
すぐに姉の泣き声が部屋から響いてくる。
「エマさん!!」
寝室の扉を開けようとするが、凍り付いているようで開かない。
そこに駆け付けたルドルフが俺を抑えながら扉越しにエマさんに話しかける。
「どうしましたか?」
氷越しに響く少し変なエマさんの声がルドルフに命令を下す。
「命令よ。
今すぐに2人を連れて町を出なさい。」
一瞬ためらった後、それに従い始めるルドルフ。
ルドルフは背後から俺を羽交い絞めにして家から引きずっていく。
「おい!
待てよ!!
姉と話をさせろ!!!」
エマさんに叫びながら必死に姉に向かって行くが、騒ぎを聞きつけて集まったギルド関係者数人に取り押さえられて町の外にグレイスとともに追い出される。
「さぁ、行きましょうか。」
そう言って馬車にのせられた俺とグレイスに話しかけるルドルフ。
俺は縛られていて逃げ出すことができないようになっている。
馬を御するため、前に座ったルドルフが顔色を窺うようにこちらを見て俺と目が合う。
体を動かすことができない俺はルドルフを睨みつけた。
戸惑っているグレイスは俺をなだめようと背中をさする。
走り出した馬車の中で喋るものはいなかった。
半日ほど馬を走らせて、縄を解いたルドルフ。
自由になった俺は警戒してグレイスをかばうように馬車の中で立ち上がる。
「あんなことになってしまって申し訳ありませんでした。」
申し訳なさそうに謝るルドルフから視線をそらさず問い詰める。
「いったいみんな何を隠しているんだ!!」
俺の叫び声に体をびくつかせ怖がるグレイス。
「私からは言えません。」
「なんなんだよ!
みんなして!!」
怒りに身を任せて馬車の床を殴る。
強化していない体では床に傷すらつかなかった。
グレイスが俺を抱き寄せた。
それを見たルドルフは何も言わずに馬車を再び動かし始めた。
会話のない旅が十数日間続いてある港町に着いた。
馬車のまま町の中のギルドに入っていくルドルフ。
多くの人に囲まれるルドルフをグレイスの手をつないでみていた。
ルドルフとその周りにいる男たちがこちらを向いて口を動かす。
ルドルフがうなずくと一斉にこっちに寄ってくる人々。
誰かが叫んだ。
「女神様のご子息だー!!」
歓声とともに俺とグレイスを囲む人たちに恐怖してグレイスの手を握る力を強める。
パァンと乾いた音がギルド内に響いて人々の動きが止まり、音のしたほうを一斉に向く。
「今すぐ持ち場に戻りなさい!!」
女性の叫び声が聞こえて人々が離れていく。
ゆっくりと歩いてくる女性を睨みながら、グレイスの前に立つ。
その女性が歩くたびに茶色の長髪が揺れ、その大きな眼には俺とグレイスをとらえていた。
「ようこそ、歓迎するわ。」
そう言って手を差し出す女性に警戒して一歩下がる。
しかし、同時に女性の顔から目を離すことができずにいた。
次第に目の前が涙で滲んでいくのを感じる。
涙があふれ出したかと思うと、急に頭痛がしてその場に倒れてしまう。
目を開けると、目の前にはグレイスが寝ていた。
起こさないようにゆっくりとベッドから出て、警戒しながら扉を少し開けて外の様子を伺う。
「起きたみたいね。」
そう言って扉に近づいてくる女性はギルドに飾られていた女性そっくりだった。
その女性は扉をゆっくりと開けて手を差し出す。
「初めまして。
私はここのギルドを仕切っているティアよ。」
その女性の声を聞いて目を覚ましたグレイスがベッドから俺を見ていた。
差し出された手に対してどうすればいいのかわからず女性を見つめたまま固まってしまう。
固まる俺を見て嬉しそうに微笑んだその女性は扉に向かって行き、1舜足を止めた。
「ついてきて。」
グレイスを連れて警戒しながらその女性の後を歩く。
この町のギルドはとても大きな建物で、とても見渡しのいいテラスまでついていた。
「そのきれいな娘はユウキの彼女?」
微笑みながら椅子に座った女性はグレイスをまじまじ見た。
警戒して立ったまま女性を見ていた俺に女性は笑いながら椅子を指さし。
「座ったら?」
と提案した。
グレイスを椅子に座らせ、その横に立つ。
「こちらはグレイス、俺の大切な人です。」
それを聞いた女性は嬉しそうに笑った。
「本当にお父さんそっくりなのね。」
「父を知っているのですか?」
警戒したまま会話をする。
「えぇ、お父さんもお母さんも、そしてお姉さんのことも知っているわ。」
とても懐かしそうに話す女性にダメもとで聞いてみる。
「家族のことを教えてください。」
「無理よ。」
悲しそうな表情に変わる女性。
「今はまだ無理。」
そう言って真剣な顔で俺の顔を見た女性はすぐに目に涙を浮かべ、目をそらして海を見ていた。
「でも、きっといつかわかるわ。」
そう言って俺の顔を見る。
「あなたは私たちの希望だから。」
潮風に揺れるその女性の髪を見て心の中で呟く。
この人も何も教えてくれない。
グレイスが俺の手を握り、冷静さを取り戻す。
「父に会うにはどうすればいいですか。」
今の1番の目的は父に会ってすべてを聞くことだ。
グレイスの父親のこと、そして何よりみんなで俺に何を隠しているのか。
「あなたのお父さんは今はエイコーン教国にいるわ。
私が教えてあげられるのはこれだけ。」
女性は再び笑って、今度はグレイスに話しかける。
「私はあなたたちのことが知りたいわ。
あなたたちの関係は?」
グレイスが言葉に詰まって俺のほうを向く。
「さっき言った通り、俺の大切な人です。」
グレイスの手に肩を乗せて言う。
「それはあなたの答えでしょう?
私はその娘に聞いているの。」
「私たちは・・・友達です。」
そう呟いてうつむくグレイス。
「それでいいの?」
グレイスを見つめながら問い詰める女性。
「変なところはお父さんと似てるみたいだから、早いうちにはっきりさせないと後悔するわよ。」
そう言って立ち上がる女性。
「私みたいになっちゃだめよ。」
そう言って立ち去っていく女性。
何を言っているのかわからずその場で固まる俺たち。
グレイスの前に座って手を取る。
「大丈夫か?」
グレイスは俺の顔を見て覚悟を決めたように立ち上がる。
俺の手を引いて立たせてキスをする。
すぐに体を引いて俺の目を見つめる。
「私はあなたが好き。
あなたがどう思っているかを知りたい。」
そう言って再び顔を近づけてくるグレイス。
しかし、俺の頭の中に浮かぶのは姉の顔だった。




