父親
翌朝、ルドルフに起こされて目が覚める。
「いったい何をしたんですか?」
困った顔のルドルフ。
昨日のことが夢でなければ町までの道のりは地獄となるだろう。
何も答えずにルドルフに手を借りて立ち上がる。
「今日中には町に着きそう?」
しかめっ面でうなずくルドルフ。
料理をしている2人に近づいていく。
「おはよう。」
声をかけるが姉の返事はない。
気まずそうな顔でこっちを見たグレイスと目があった。
何も言わずに2人が見えないところまでやってきて座る。
家族だから言えないこと。
姉の言っていた意味を理解して頭を抱える。
味のない朝食を食べて村に向かう。
会話一つなく町までやってくると、ルドルフは一足先にギルドに向かうと言って走っていく。
グレイスと俺はうつむいていて、姉は何も言わずにまっすぐ前を見ていた。
前に行った家に行き荷物を置く。
そのあと3人でギルドに向かう。
3人というよりは、姉とそのあとを追う2人だが。
ギルドに入ると、ルドルフとエマさんが俺たちを待っていた。
エマさんを見て姉は走り出す。
そのままエマさんに抱き着く姉。
そして2人でどこかに行ってしまった。
「とりあえず、行きましょうか。」
ルドルフにギルド内の部屋に案内される。
「とりあえず、今後はあなたのお父さんたちと合流しようと思います。」
席に着くとルドルフが話し始める。
「グレイスさん、今後旅はどんどん危険になっていきます。
帰るのならば今ですよ。」
少し声のトーンを落として脅すように呟くルドルフ。
「大丈夫です。」
久しぶりに声を聞いたような気がして少し懐かしく感じた。
「おそらく数日後に出発となるので必要なものがあったら、私かエマさんに言ってください。」
「テントと武器が欲しいです。」
間髪入れずに答える。
「わかりました。
武器は短距離のものでよかったですよね?」
うなずいた俺を見て扉に向かって行くルドルフ。
扉の前で止まって振り向く。
「できれば、仲直りしていただけると・・・」
バツの悪そうな顔で俺に言って部屋を出ていくルドルフ。
扉が閉まると自然とため息が出る。
「大丈夫?」
背中に手を当ててつぶやくグレイス。
「大丈夫。」
グレイスの手を優しく背中から剥がして立ち上がる。
「ちょっと、出かけてくるよ。」
1人でギルドを出た。
薄暗くなっていく町の中で、真っ暗な気分を漂わせて歩く。
町の外に出ようと橋へと向かう。
「よぉ兄ちゃん!」
急に声をかけられて振り返ると、いつかの酔っ払いが門番をしていた。
「どうも。」
不愛想に返して過ぎ去ろうとすると肩を掴まれる。
「まーた暗い顔してんなー!!
どうしたんだー??」
酒臭い・・・
仕事中にも飲んでるのかこのダメ人間・・・
心の中にとどめておき、外に出ようとする。
「用事があるので・・・」
すると、そこに1人のお年寄りが現れる。
腰が曲がっていて、杖なしでは歩けなさそうなお年寄りはとても優しそうな顔をしていた。
先ほどまでふらふらとしていた酔っ払いがまっすぐ立って頭を下げる。
その隙に行こうとするが、男は肩から手を離さずお年寄りと話し始める。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。」
優しそうな声で返事をしたお年寄りは俺の顔をじろじろと見る。
急に激昂したお年寄りは杖を俺に向かって投げつけてその場に倒れこむ。
酔っ払いがすぐにお年寄りを支えて人を呼ぶ。
酔っ払いの部下と思われる人に連れられてお年寄りは去っていった。
「すまなかったな。」
真面目な声で謝る酔っ払い。
懐から酒瓶を取り出して口に運ぶ。
「あの人はある男に親せきを殺されたんだ。」
「ある人って・・・?」
「そう、元ギルド長を殺した男さ。
兄ちゃんはそいつに似ているから見間違えたんだろう。」
「その親戚って・・・」
俺が質問を終える前に酔っ払いは俺の背中を叩いて町の外へと押し出す。
「用事があるんだったな。
すまなかった。」
悲しそうな顔でそう呟いた酔っ払いはすぐに酒を飲み始める。
1人ゆっくりと歩きながら川辺へ向かう。
なぜかとても懐かしい気持ちになって、涙がこぼれる。
なぜここに来たのだろうか・・・
心の中で自問自答をしながらあふれる涙をぬぐう。
足元の石を拾って川に投げる。
ぽちゃんと音を立てる川に石を拾って意味もなく投げ続けていた。
急に投げた石が何かにはじかれて落ちる。
「ここにいたんですね。」
笑顔のエマさんが歩いてくる。
「本当にお父さんそっくりです。」
そう言って近くで立ち止まるエマさん。
「また逃げ出すと思いましたか?」
少し笑いながら聞くと、目を閉じて首を横に振るエマさん。
「ねぇ、エマさん。
エマさんのお父さんってどんな人だった?」
エマさんは俺の近くの岩に腰を掛けて空を見上げた。
「あまり知らないんです。
私と母を村に残して1人でこの町にいましたから。」
「エマさんみたいにギルドのトップだったんでしょう?」
「はい、そうですよ。」
優しい笑顔でこっちを見るエマさん。
「お父さんに会うのが怖いのですか?」
川に映った雲を見ているとエマさんの質問が聞こえた。
「少し怖い。
今日、お父さんに親せきを殺されたって人にあったんだ。」
エマさんは驚いた様子で真剣な声になる。
「その親戚とは?」
「それはわかんない。
ただ、お父さんのやってきたことを聞いてると、悪人じゃないかと思えてきて。」
「聞いてください。」
エマさんは俺の目を見つめて話し始める。
「あなたのお父さんは確かに私の父親を殺しました。
それでも、あの人は私にとってのヒーローなんです。」
「ヒーローって?」
聞きなれない言葉に驚いて聞き返す。
「ヒーローというのは、人々を助ける英雄のことですよ。
あまり詳しいことは私からは言えませんが、あなたのお父さんはわたしや多くの人にとってのヒーローなんです。」
そう言って俺の手を取るエマさん。
「そしてあなたは私たちの希望の光なんです。
だからこそ、お父さんはあなたたちを守りたかったのですよ。」
希望の光。
「それってどういうこと?」
エマさんは立ち上がり、笑顔でこちらを向く。
「時が来ればわかります。
今日はもう帰りましょう。」
俺も立ち上がり、エマさんの後を歩く。
「今日、どこか泊まれるところないかな?」
エマさんに後ろから話しかける。
「私の家じゃダメですか?」
「できれば、1人になりたくて。」
エマさんは少し考えた後にうなずいた。
「わかりました、一つあてがあります。」
町に帰って門番もいなくなった橋を渡る。
「ここです。」
橋を渡ってすぐの建物の前で止まるエマさん。
「ここはあなたのお母さんが昔住んでたところですよ。」
カギを取り出して開けるエマさん。
「今この町でここを知っているのは私だけなので、安心して使ってください。
荷物は後で届けましょうか?」
中に入って中を見渡しながら答える。
「お願いします。」
エマさんは部屋に明かりを灯した。
「もし何かあったら家に来てくれれば、私もいるので。」
出ていこうとするエマさんを呼び止める。
「エマさん。
ありがとうございました。」
振り返ったエマさんはとてもやさしい笑顔で笑って去っていった。
その家はきれいなままで維持されていてまるでつい最近まで人がいたんじゃないかと思うほどだった。
寝室に入り、ベッドに腰かける。
目をつむり、瞑想を始める。
扉が開く音が聞こえて寝室を出る。
「起こしちゃいましたか?」
入ってきたエマさんは何一つ持っていなかった。
「いえ、別に。」
そう言って家に入ってくるエマさんとグレイスを目で追う。
「すみません、どうしてもというので連れてきてしまいました。」
グレイスは俺の荷物と大剣を抱えている。
「いえ、別に大丈夫です。」
グレイスは中に入ってきて荷物を机に置き、椅子に座る。
エマさんは何も言わずに出ていってしまった。
荷物から何かを取り出したグレイスはそれを俺に渡す。
グレイスに渡されたものはあの小屋で見つけた手記だった。
「私のお父さんを見つけたの。」
涙をこらえているグレイスはゆっくりとつぶやいた。
「あなたがまたどこか行ったのかと思って、剣と荷物をもって追いかけようとしたら、男の人に声をかけられて、昔この剣を持った男と仕事をしていたって・・・・
捕まったって噂を聞いて家族を見に行ったら、私よく似た女の人と娘が男の人に連れられて町から出ていったって・・・」
「その男の特徴って・・・」
それを聞いてうなずくグレイス。
「黒髪の優しそうな雰囲気の男と金髪の女性」
そこまで言ったグレイスの目から涙が流れる。
いったい誰を信じればいいのかわからない。
グレイスを抱えてベッドに運ぶ。
声を上げて泣くグレイスに掴まれて、ベッドに引きずり込まれる。
何も言えずにグレイスを抱きしめていた。
夜が明けて、部屋の中が明るくなる。
グレイスの涙でぬれた服が体に張り付いていた。
「グレイス、起きて。」
耳元で囁いてグレイスを起こす。
「昨日分かったことは2人だけの秘密だ。」
グレイスはうなずきもせず俺の言葉を聞いていた。
「本人達にあって聞こう。」
そこまで言って始めてうなずくグレイス。
両親に会って聞きたいことを聞くまでは何も判断できない。
英雄としての父と一緒に時を過ごした父、そして悪人としての父。
3種類のうちのどの父が本物なのか、本人に会って確認しなければならない。
グレイスと一緒に立ち上がる。
「グレイスが俺に隠し事をしないって誓ってくれたように俺も誓う。
俺はグレイスを裏切ったりしない。
これから先何があっても味方だ。」
涙を浮かべてうなずくグレイスを強く抱きしめた。




