ギルド長
姉に連れられ部屋の外に出る。
既にエマさんはいなくなっていた。
先ほどの家に向かおうとする姉を見送り、ギルドの前の広場で一人になる。
なかなか自分を残していこうとしなかったが、最後はこちらを振り返りながら歩いて行った。
1人ベンチに座って行きかう人々を眺めていた。
自分の弱さが憎い、もし姉のように魔法が使えれば。
俺の体捌きに姉のような魔法が加わればエマさんにだって・・・
一瞬そんな希望が頭をよぎる。
「よぉ若いの。
失恋か。」
くやしさを抑えようとしているときに酒を持った男に話しかけられる。
その男は40代くらいで少し小太りだった。
「俺はよ。
この町の門番をしているんだなこれが。」
酒臭い息を振りまきながら横に座る男
なんだこいつ
そう思いながら迷惑そうな顔で男を見る。
門番を名乗る男はそんなことなど気にせず話を続ける。
「昔なぁ、あんちゃんみたいな表情をした男がこの町にもいたよ。」
興味がない。
立ち上がって家に向かおうとする。
「俺がいいこと教えてやるよ。」
男が肩を掴み無理やり座らせる。
「昔はなぁ、よかった。
今みたいに危険じゃなかったんだぁ。
ちょうどな、えーっと15年?くらい前にすべてが変わったんだ。」
ちょうど自分が生まれたぐらいだ。
「その時にギルドを仕切っていた男がな、これがまた強くて人格者だったんだよ!
それはもう、安心して門番できたね!」
「はぁ・・・」
「それがね、殺されたんだよ、ある日。
噂によると魔法じゃない不思議な力を使う男に殺されたって言うんだよ。」
「そうなんですか。」
とりあえず相槌をうっておく。
「しかもね、娘の目の前で殺されたっていうから残酷だよ。
しかし、その娘さんっていうのが、めちゃくちゃ美人でえらいこでなぁー!!
すぐにギルドの幹部になって、今じゃギルドのトップ!
美人なのにめちゃくちゃ強いっていうんだ!!
信じられないね!
でも、不思議なのがね、幹部になって最初にしたことがとある村の復興だったんだよ。
それがどうやらね、その娘さんの村は誰かに燃やされたようでね。
その後すぐに父親と一緒に命まで狙われるなんてひどい奴もいたもんだね。」
「その犯人は捕まったんですか?」
少し気になってしまう。
「いーや、その娘さん曰く、2人の女性が娘さんを命がけで助けたって話だ。
その2人は娘さんと合わせて3人組でギルドのモイライと呼ばれているんだぞ。」
「その3人の似顔絵などはないのですか?」
「えぇ?」
酔っぱらっている男は自分の声が聞こえなかったようで聞き返してくる。
「その、モイライの似顔絵は?」
酒を持った手でその男が指さした先にあるのはギルド。
「あの2階にあるよ」
酔っ払いに礼を述べてギルドの2階へ行く。
そこには多くの机といすが置かれていて、人々が集まって食事をとれるような場所だった。
そこに飾られていた大きな絵に目を奪われる。
そこには3人の女性の顔が描かれていた。
肩上ほどの長さの茶髪が目に付く女性と金髪で長髪の細い女性。
そしてその2人に挟まれるように描かれているのは青い髪の女性。
エマさんに違いない。
少しめまいがして近くの椅子に座り込む。
15年ほど前にギルドのトップだった男、つまりエマさんの父親を殺したのは、不思議な力を使う男。
そして、その場に現れ、その男からエマさんを守った2人の女性・・・
直感が告げる、その男とは自分の父親だ。
父も母も姉も何かを隠している。
いったい母とエマさんの関係は?
ゆっくりと立ち上がり、先ほどの家に向かう。
姉はエマさんのことを知っていたようだ。
姉なら何かを知っている。
家について、ノックもしずに扉を開ける。
「お姉ちゃん、話が」
そう言おうとした自分の目に飛び込んできたエマさん。
「おかえりなさい。」
そう言って手に持ったカップを口に運ぶエマさん。
「質問があります。」
予想外の出会いに驚きながらすぐに聞かなければならないことを聞く。
「あなたの父親を殺したのは俺の父親なんですか。」
間違いないことはわかっている、だが心のどこかで違うことを祈っている。
その質問を聞いたエマさんは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに真顔に戻してカップを机に置いて答えた。
「はい。
そうです。」
姉が何かを言おうとして駆け寄ってくるが、エマさんが姉を止める。
エマさんの答えを聞いて膝に力が入らなくなりふらつく。
駆け寄ってきた誰かに支えられて何とか立ち上がる。
「ちょっと!
大丈夫!?」
それはグレイスだった。
「いったい何を隠しているんですか。
あなたも、両親も・・・・」
ぼそりつぶやく。
エマさんは何も言わずに立ち上がり、姉に耳打ちをして地下室に歩いて行った。
その場に立ち尽くす姉と俺をベッドに運ぼうとするグレイス。
何が起こっているのかわからず一人になりたかった俺はグレイスを押しのけて家を飛び出した。
強化した体で全力で走る。
グレイスが追ってくるが、すぐに距離が開く。
町を飛び出して父が好きだと言っていた川辺に着く。
息を整えながら川に映った月を眺める。
まるで俺の家族の様だ。
本当の月ではなくただの見せかけの美しさ。
石を拾ってその月に投げる。
俺は自分自身の家族について何一つ知らない。
両親の出身地も、馴れ初めも知り合いだってエマさん以外知らないのだ。
大好きだったはずの、幸せだったはずの家族が壊れていくような気がして悲しくなる。
近くにあった岩に腰かける。
頭を抱えるようにその場に座っていると息を切らしたグレイスがやってくる。
「帰るわよ。」
そう言って手を引っ張るグレイス。
何も言わずにその手を払いのける。
「私はあなたの家族のことなんか知らないし、興味もないわ。
それでも、あなたのことは心配なの。
連れて帰るわよ。」
そう言って何度も手を掴んでくるグレイス、しかしそのたびに振り払う。
「私はあなたより年上よ!
言うことを聞きなさい!」
グレイスは急に偉そうになり命令をする。
「うっさいなぁ!
放っておいてくれよ!」
つい声を荒げてしまう。
「お前にはわかんないだろ!
父親が人殺しだって知った気持ちは!!」
それを聞いて固まるグレイス。
「エマさんの家があった村を燃やした犯人がエマさんの父親を殺したって!」
「それって・・・」
言葉に詰まるグレイス。
「何が起こってるのかわかんないんだよ!
父も母も姉も何かを隠してて!
俺だけが何も知らないんだぞ!」
グレイスにあたってしまう自分自身が情けなくて涙が出てくる。
グレイスは何も言わずにもう一度手を掴む。
今までにないほどの力で引っ張られて抱きしめられる。
「私はあなたに何も隠したりしないわ。」
座ったままの俺はグレイスの胸に顔を埋められて身動きが取れなくなる。
「大丈夫よ。」
耳元で囁くグレイス。
普段の意地悪な彼女とのギャップに心臓が跳ねたような感じがした。
「覚えてる?
私が13歳だったころ、1人で森に行って迷ったことがあったの。」
よく覚えている。
運悪く母が村の近くで暴れている獣を狩りに行っていたあの夜。
みんながグレイスを探しに行くのをためらっていたんだ。
あの村には魔法をろくに使える大人なんていないから。
そんな周りに腹を立てて1人で探しに行った。
グレイスの泣き声が森にこだましていて、すぐに見つけ出せた。
「あの時、私は誰も助けに来てくれないと思ってあきらめてた。
それであなたの顔を見た時に涙を止めれなくなったの。」
少し苦い思い出に顔をしかめる。
「あなたを見てすぐにかけていったのを覚えてるわ。
そして、その時に・・・」
ついグレイスの肩を見てしまう。
グレイスが俺に気付いて、木の上から降りたんだ、そして俺を追っていた獣が・・・
「あの時、俺がしっかりとしていれば守れた。」
あの時、しっかりとグレイスを呼び止めておけば、周りに何もないことを確認して入れば、グレイスの体に傷がつくことなどなかったのに。
「グレイスは綺麗なんだから、そんな傷さえなければ・・・」
まだ動いている口を塞ぐように抱きしめられる。
「あなたが来てくれなかったら、ずっとあそこにいたかもしれない。
あのまま食べられてたかもしれない。
何より、この傷は自分が招いたことよ。」
反論しようと口を開くが、しゃべれない。
「いいの。
私はそれ以来ずっとあなただけを見つめてた。」
グレイスは少し深く息を吸って俺を自由にした。
「このまま、逃げてしまえばいいわ。
2人で。」
突拍子もないことを言い出すグレイスに驚き、声がでかくなる。
「はぁ!?」
グレイスはすぐに俺の手を取って振り返り、走り始めようとする。
「いいでしょ!
行きましょ!」
本心を言ってしまえば、行きたい。
何かを隠している家族も、命を狙ってくるやつらからも逃げ出してしまいたい。
決めることができずにその場に固まってしまう。
「お邪魔ですかぁ?」
急にかけられた声に驚いてグレイスを突き飛ばし、声がした方を振り向く。
「女性はもっと丁寧に扱わなくてわ。」
そう言った男は黒い奇妙な服装をして、首には細長い布を巻いていた。
頭に乗っている帽子は黒く、靴まで黒い。
「これはどうも初めまして。」
真っ赤な鼻をしているその男は大きくお辞儀をしながら名を名乗った。
「私はルドルフと言います。
以後お見知りおきを。
これはあいさつ代わりです。」
そう言って帽子を脱ぎ逆さにして左手に持つ。
その男が帽子を持っていた杖で軽く叩くと、中から鳥が出てきて飛び立っていく。
「何が目的だ。」
すぐにでもとびかかれる様に構えて男を睨む。
「私はとある人に頼まれてあなたたちを町まで連れ返しに来ました。
この格好は子供に受けると聞いたんですが、ウケが悪いようですね。」
背中越しにグレイスが立ち上がったことがわかる。
強く地面を蹴って男に体当たりをする。
男は杖の上に立ち俺をかわす。
足元の石を掴み振り向きざまに杖に向かって投げる。
「元気な子ですねぇ。」
杖に石が当たってもバランスを崩す気配がないルドルフは地面に着地してこちらを見た。
ルドルフ越しにグレイスを見る。
目が合い、うなずくグレイス。
ルドルフにもう一度とびかかる。
ルドルフは杖を使ってよける。
ルドルフがよけると同時にグレイスが俺に向かって水と土の魔法を放つ。
その2つを受け止め、そのままルドルフに向かって投げる。
「えぇっ!?」
ルドルフの変な声が聞こえてルドルフに魔法が直撃する。
そして振り返らずにグレイスの手を掴み森に向かって走り始める。
悔しいが今の自分では、この変な男には勝てない。
何も持たずに真っ暗な森の中を2人で走っていた。




