娘さん
女性に何があったかを聞いてから1週間ほどが経過していた。
あれ以来彼女とは口を利くどころか、顔を合わせてすらいない。
自分の近くに転がっていたナイフについて聞いた後に実際にそのナイフを見せてもらった。
そのナイフはまるで前の世界で見かけるステンレス製のものに見えた。
そして何より、そのナイフを見た時の彼女の表情が忘れられない。
恐怖で歪み、今すぐにでも叫びだしてしまいそうな様子だった。
その後のことはあまり覚えていないが、女性と娘さんの自己紹介を聞いたようだった。
女性の名はアイラ、そしてその娘の名前はエマというそうだ。
そしてその翌日、エマに呼び出され気分転換に毎日森を散歩している。
「タイチさんは魔法は使えないのですか?」
前自分に起こったあの不思議な現象について散歩中に相談したところ、少し馬鹿にしているようにも聞こえてしまう質問が返ってきた。
「全く使えないと思う。」
一応前の世界のことは隠している、彼女がどう話しているのかがわからないから。
「今まで一度も使ったことがないのですか?」
悪意のなさそうな表情を見て心の中で毒づいてしまった自分に罪悪感を抱く。
「ないよ。」
エマが話しているのを初めて聞いた時に比べて、少し大人びた話し方をしているのがとても気になった。
「そんなことより、もっと楽な話し方でいいよ。
居候させてもらっている身なんだし。」
そう提案すると彼女は頬を少し赤らめ下を向いて
「いえ、このしゃべり方が楽なので。。。」
と少し自分を突き放すように言った気がした。
明るい日差しを多くの木々が遮り、少し不気味な薄暗さがたどる森を歩いていると、少し肌寒さを感じ身震いをした。
身震いをした自分を見たエマは
「もう引き返しましょうか。
あまり遅くなっても困るので。」
と微笑みながら今来た道へと振り返った。
彼女は今半そでのシャツのようなものと長ズボンを履いている。
俺とほとんど同じような服装なんだけど寒さは感じないのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、急にエマは歩を止めた。
「タイチさん、少ししゃがんでてもらえますか。」
そういうとエマは目を閉じ何かを自分には聞こえないような小さな声で呟き始めた。
すると自分とエマが足を止めたことにより、音が何一つしない森が一瞬訪れたが、すぐに何かが枝を踏んだようで、枝が折れる音が聞こえた。
音のした方向を見るとそこには3匹の四足歩行の獣がいた。
右から見て一番目の一匹は片耳しかない。
二番目の獣は鮮やかなグレーの毛並みをしていてほかの二匹よりも一回り大きい。
三番目の獣の顔には一部毛の生えていない部分があるようだ。
ゆっくりと広がりながら近寄ってくる獣たちを見ながらそんなことを考えていると急にエマが閉じていた両目を開いた。
彼女が自分には聞き取れない何かを叫んだ瞬間に二番目の獣は斜め後ろに飛び大きく距離を開けた。
そして一番目と三番目の獣がこちらにとびかかってこようと地面をけりだすと同時に目の前に6本の大きな氷柱が自分たちと獣との中間地点に向かって勢いよく落ちてきた。
一番目の獣はそのうちの一つにつぶされ、"ぐちゃっ"という音とともに地面に突き刺さった氷柱が赤色に染まる。
三番目の獣は勢いよく1本の氷柱に激突し"ぐしゃぁ"という音を立ててそのまま地面に崩れ落ちた。
何が起きているのかわからない自分は腰を抜かしてしまい、その場に倒れこみ動けなくなってしまう。
後ろに飛んでいたグレーの毛並みの獣はさらに大きく後退し、急にスピードを上げてこちらに向かってきた。
エマは再び何かを叫ぶとエマの前には大きな氷の壁ができる。
しかし助走をつけた獣は先ほど出現した氷柱を足掛かりにし、壁を飛び越えエマの後ろに着地した。
エマは急いで振り返るがエマの体が後ろを向くころにはもう獣は素早くエマに向かって駆け出していた。
自分は首だけを動かし獣がエマに襲い掛かろうとしているさまを見ていた。
唯一できたのは意味もなく拳を強く握りしめるだけだった。