燃える
悲鳴の聞こえたほうに近づくにつれて、全員が何が起きたかを理解していた。
目に見えるものが赤くなっていき、人々の泣き叫ぶ声が鼓膜を揺らす。
まただ、また起きてしまった。
走りながらそう考えていた。
一番最初に着いたマリヤはその場に立ち尽くし、そのあとに着いたエマは悲鳴を上げその場に崩れ落ちる。
立ち尽くすみんなを目の前にして自分は足を止めることなく走り続ける。
視界の端に映るのは人、燃えた家から叫びながら出てきたその人は、服に映ってしまった炎を必死に叩いている、燃えている手で。
自分の服を脱いでその人を叩くがだんだんと動きと悲鳴が弱くなっていく。
目の前で人が焼ける匂いを嗅いで、体が震えて思わず吐き出す。
震える足で立ち上がって子供の泣き声のする家の前に走る。
先ほど脱いだ服を着て燃えている家の壁近くにあった水瓶をもって、中の水を浴びる。
そしてその家に飛び込む。
勢い良く燃える炎の音と子供の泣き声だけが聞こえる。
周りは赤一色で何も見えない。
奥の部屋に飛び込んで立って泣いている子供を見つける。
ベッドの布団を引きはがし、子供を布団でくるみ抱えて燃えている壁に体当たりをする。
勢いよく外に出て服に燃え移った炎を叩いて消そうとする。
子供をくるんだ布団で自分の腕を炎ごと覆う。
泣いている子供を抱えてさっきみんながいた場所まで走る。
そこにはマリヤだけが一人立っていた。
マリヤに子供を預けて、再び村に行こうとする。
頼りなく自分の腕を掴んだマリヤは首を横に振る。
そんなはずはない。
自分の頭に浮かんだことを必死にかき消す。
嘘だ。
そこは村から離れていたじゃないか。
その場で崩れ落ちてしまった自分を支えて歩くマリヤ。
マリヤが歩いて向かった先には燃え尽きた家があった。
その前でうずくまるエマ、ただ立ち尽くすティアさんそして座り込んで体を震わせている美樹。
目の前で起きていることが信じられなかった。
自分はマリヤの服を全力で握りしめた。
マリヤは何一ついうこともなく涙を流していた。
村を焼く炎は3日間消えることがなかった。
その炎は魔法を使って消すことができず、自然に降り始めた雨が消すまでその村のすべてを焼き尽くしていた。
真っ黒になった場所で、布団に包まれた子供とその場に座り込んでいた。
自分のせいだ。
自分がこの村に来たから。
吐き気がして一人になりたくて森に走った。
独りになって体の中のものをすべて出したくて吐き出した。
怒りや悲しみ、憎しみなど吐き出せずに自分の中に留まるものを吐き出そうとしていた。
自分の目からは涙があふれ呼吸さえできなくなる。
肩で息をしながら立ち上がる。
みんながいた場所に帰り、マリヤとティアさんが持っていた荷物を持つ。
自分一人で持てるわけもなくすぐにマリヤが駆け寄ってくる。
「行こう。
ここにいちゃだめだ。」
焼けた肌が痛み始めるが自分はその痛みだけが自分を癒してくれているような気がした。
誰一人口にはしないが自分が起こしたこの事件。
この傷だけが自分を責めてくれる。
焼けただれた肌を手で押さえて歩き始めた。
マリヤは荷物をもって自分とみんなのほうを何度も見返した。
かける言葉が見当たらず子供の手を取り自分の後を歩き始める。
ティアさんがうずくまって泣いているエマの肩を支えて歩き始めた。
最後に彼女が震えながら歩き始めた。
誰一人何もはなさないまま村があった場所を離れて川沿いまで歩いた。
焼けた空気を吸ったみんなの喉は川の水を飲んで少し癒された。
泣きながら水をすすっていたエマは水を口にして少し泣いた後、涙を流すのをやめた。
その日はそのままそこで野宿をすることになった。
1つしかないテントはエマと助けた子供が使い、その他は外で見張りをしながら寝ることに。
夜になって川で体を洗っているとマリヤがやってきた。
川で服を脱いでいる自分のところへやってきてそのまま何も言わずに抱き着いた。
そのあとテントに帰ったマリヤ。
真っ黒だった自分も汚れを落とすと焼けただれた皮膚のひどさが目に付く。
腕を動かすたび、水がかかるたび、布がこすれるたびに痛みが走る。
体を洗い終わった自分は服を着てテントに戻る。
悲しいことが起きたが、まずはここにいるみんなが安全を確保できる場所を探さなくては。
1人みんなからは見えない位置にある木の根っこに腰かけて考え事をする。
ギゼルの町はもちろん行くことができない。
ほかに頼れる人もいない。
誰が敵で味方か判断できない状況で一人頭を抱えていた。
みんなに寝るように声をかけていく。
彼女とティアさんはうなずいた。
マリヤは自分を心配そうな顔で見ていた。
エマと子供は泣き疲れて寝たようだ。
自分は1人空を眺めていた。
こんな世界にも月や星はある。
上を向いてあふれ出る涙がこぼれない様にしていた。
滲んで見えなくなっていく星たちに願いを込める。
自分の様子に異変を感じた彼女が歩いてきた。
こんな時でも美しい彼女は真っ暗な夜空を背景に自分の前で歩みを止める。
風が吹いて彼女の髪がなびく。
悲しそうな彼女の顔を見つめた自分は無意識のうちに彼女の唇を奪っていた。
抵抗することなく受け入れる美樹。
美樹の首を両手でつかみ乱暴に引き寄せる。
美樹の目から流れた涙が自分の頬に触れる。
長時間泣いた自分たちは鼻で呼吸をすることができずに一度距離を置く。
2人の唇の間に糸がかかり互いを見つめ合う。
離れて3秒間が経過すると同時に2人が互いの唇を求め再び交わる。
舌を絡ませ互いに情的な快楽を貪ったあと、自分の目から涙がこぼれる。
それに気づいた美樹は自分の頭を胸に当て自分が眠りにつくまで子守唄を口ずさんでいた。
朝になって自分が美樹の横で寝ていることに気が付く。
いつまでも落ち込んではいられない。
自分には守らなければならない人たちがいる。
自分の横で寝息を立てる美樹の唇にくちづけをして起き上がる。
ティアさんの元へ行き寝ているティアさんを起こす。
「起こしてすみません。
少し質問があるのですが。」
きっとよく眠れなかったのだろう。
とても眠そうな顔で起きたティアさんを川まで連れて行って顔を洗ってもらう。
「今いる場所から最も近い街はどこですか?
できれば軍隊を持っているところがいいです。」
「それならゲルの街ね」
寝起きのティアさんに無理難題を押し付けてだいたいの地図を地面に書いてもらう。
「ここが今の私たちね。」
そう言ってティアさんが石を指さす。
「ここなら、ギルドに対抗できる程の力を持っているわ。」
そう言ってもう一つ持っていた石を置く。
「でもこの街の周りはとても危険な山に囲まれていて、その山を避けて進むととても遠回りになるわ。
あの男の子もいることを考えると短くて2週間は歩くわね。」
それはほぼ不可能だろう。
自分にもできるとは思えない。
「そして、この町はギルドとはあまり仲が良くないわ。
わざわざ敵対はしないけど。
そこの街は強い兵力が在るからギルドに依存しない代わりに、高い税をとって兵士を街が雇っているの。
だから、ギルドはあまり権力を持てない街よ。」
都合がいい、そこに行こう。
「でも、この町に入るにはきちんとした手続きが必要になるわ。
ギルドに肯定的な町と違ってギルドで働いているからと言って町には入れたりはしないわ。」
「その手続きってどんなものですか?」
「魔法を使ったものになるわ。
その国では魔法で人を管理することができるの。
だからこそ、重税を課していてもきちんと納税しているかがわかるのよ。」
そうなると自分と美樹はまずいな。
しかし今とれる最善の手はその街に行くことだ。
ギルドに関しては自分たちの力ではどうしようもない。
寝ている3人を起こして今後について話し始める。
みんなは俺が守る。
そう強く心に誓った。




